令嬢13歳・わたくしの本当に好きな人
目を開けると見慣れた寮の天井が目に入った。
……わたくし、いつの間に寮に戻ったのかしら?
そう……ベルーティカ王女のクッキーを食べてしまって……それから?
記憶が曖昧模糊としておりハッキリとしない。
ふと、手に感触を覚えそちらを見るとわたくしの手を握ったまま、マクシミリアンが寝入っていた。
……ずっと看病を、してくれていたのかしら。
わたくしは上半身を起こすとマクシミリアンの美しい曲線を描く頬を撫で、黒い髪をさらさらと手で梳く。
彼は余程疲れているのか何をしても起きそうにない。
その寝顔がいつもよりも幼く見えて、迷惑をかけたというのにわたくしは思わず微笑んでしまった。
「お……お嬢様っ」
ドアの開く音とジョアンナの驚くような声が聞こえて、洗練されたメイドの彼女らしくない慌ただしい動きでわたくしの方に駆け寄って来た。
わたくしは彼女に抱きしめられその豊かすぎる双丘に顔が埋もれてしまう。
苦しい……苦しいわジョアンナ!! そして羨ましいわ!!
ジョアンナはわたくしが窒息死する寸前でようやく離してくれた。
「目を覚まさないので解毒剤が失敗したのかと心配しましたよぉ!!」
そう言ってジョアンナは嗚咽を上げると、白いエプロンで涙を拭い、わたくしが3日間目を覚まさなかった事を教えてくれた。
3日!? わたくし3日も寝ていたの!? そして解毒剤って……わたくしやっぱり毒を食べちゃったの……?
わたくしが驚いているとぎゅっと柔らかい動きで手が握りしめられて、そちらと見るとマクシミリアンの長く黒い睫毛に縁取られた黒曜石の瞳がゆっくりと開いた。
その瞳は、わたくしの顔を捉えると驚愕に大きく見開いて、綺麗な涙を零す。
「マクシミリアン、わたくし心配をかけたみたいね……。ごめんなさいね、泣かないで?」
手を延ばして彼の涙を掬う。するとマクシミリアンの形のいい唇が開いた。
「……お嬢様、愛しております。お嬢様は……誰を愛していらっしゃるのですか」
震える声で紡がれるその言葉に、わたくしは真っ赤になって首を傾げた。
「ど……どうしたの? マクシミリアン。わたくしも貴方を愛しているわよ? 当たり前でしょう?」
3日も意識が無いわたくしを心配してくれたのだろうけど……。
起き抜けでそんな事を言われたら流石に恥ずかしいわ。
マクシミリアンはがばっと身を起こすと、ベッドに乗り上げてわたくしの頬を両手で挟み蕩けるような優しい笑みを浮かべて……荒々しく何度も唇を塞いだ。
マ……マクシミリアン、どうしたの!? 苦しい、苦しいから……!!
「マックス~。まだまだ事後処理があるんですよ? お嬢様へのご説明も済んでませんし……。その後だったら何をしようと黙認しますので」
……ジョアンナが不穏な事を言いながらマクシミリアンをわたくしから引き剥がす。何をしようと、って貴女……!!
わたくしの純潔が奪われてしまったらどうするの!?……いや、将来の旦那様だから問題ないの!?
――早すぎるわ、うん、ダメ。わたくしまだ13歳だもの。成人の16歳までダメ。
いえす、ろりーた! のーたっち!
「私、旦那様とミーニャ王子にお嬢様が元に戻った事をお知らせしてきますね。……お嬢様が登校しない事を訝しがって『状況を教えろ』と騒がしいフィリップ王子とメイカ王子はどうしますかねぇ。ミルカ王女もご心配されていましたし……。ノエル様とサイトーサン伯爵も心配されてお見舞いの品を持って来て下さいましたし、お友達の方々からもお見舞いのお手紙を頂いているので回復に向かっているとお知らせしないと……」
「他の方々はともかく――馬鹿王子達は放置すればいいだろう」
「大事なストラタス商会のお取引先を馬鹿とか言わないでよね。マックス、とにかくお嬢様に説明を頼んだわよ」
そう言うとジョアンナは早足に立ち去って行った。
「……マクシミリアン、何があったか教えてくれる?」
わたくしがそう訊ねるとマクシミリアンは……クッキーを食べた後に起きた事を教えてくれた。
その内容がとてもショックで、わたくしはまた気絶しそうになってしまう。
惚れ薬!? ミーニャ王子とわたくし、結婚しそうだったの!?
ミーニャ王子を偽物の気持ちで愛してしまったなんて。
マクシミリアンへの気持ちを忘れてしまったなんて。
それが一生、続くかもしれなかったなんて……。
……大きすぎるものを失おうとしていたのだと気付いたら、怖くて、涙が溢れ出てしまった。
「やだ……マクシミリアンそんなの……やだっ……」
「お嬢様、もう大丈夫ですから」
マクシミリアンはわたくしの体を抱いて、優しく背中を撫でてくれる。
彼の香りと体温に包まれていると安心感が体を満たした。
「今回の件での唯一の収穫は、お心に入った時に前世のお嬢様の姿を見た事ですかね」
マクシミリアンがふと呟いた。
……そう、マクシミリアンは魔法でわたくしの心に入ったらしい。
どうしよう。恥ずかしいものを見られていたら。
平均値ちょい下くらいの容姿の前世の自分を見られたのも、恥ずかしいといえば恥ずかしいわね。
「えっと……幻滅した? 美人じゃないから……」
「いいえ、可愛らしい人でしたよ? あちらのお嬢様の唇にもキスをしておけば良かったです」
「なっ……!!」
それはなんだか、困る。恥ずかしい。
マクシミリアンとジョアンナは元に戻す為に死力を尽くしてくれたようだ……わたくしは意地汚さを発揮してしまった事を猛省した。
怪しいものは、口に入れてはいけない。
とにかくマクシミリアンにお礼を……言わなくちゃ。後で、ジョアンナにも。
「……マクシミリアン、助けてくれてありがとう。貴方以外と結婚なんて、わたくし嫌だわ……」
「お嬢様……私も、お嬢様を他の方に渡す気はありません」
マクシミリアンは嬉しそうに笑うと、わたくしの額に自分の額をくっ付けた。
……近い! マクシミリアンの綺麗な顔が正に目の前にあってすごく恥ずかしい……。
「……キスしても?」
「父様が来るのよ? 見られたらどうするの?」
「見られたら、この場でお嬢様との仲を打ち明け結婚を申し込むだけです」
「……馬鹿。父様が卒倒しちゃうわ」
してもいい、と言うのが恥ずかしくてわたくしは目を閉じた。
マクシミリアンの微笑む気配がして唇同士が重なった時。
「も……元に戻ったって本当!?」
息を切らせながら部屋に入って来た人物がいた。
ちょっ……ノック、ノックくらいして下さいな!!
部屋に入って来たのは……ベルーティカ王女だった。
「――あ……。お邪魔だった、わね」
ベルーティカ王女は気まずそうな顔で、真っ赤になって目を逸らす。
わたくしも負けず劣らずの真っ赤な顔で涙目になってしまった。