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彼女の心を取り戻す・中(マクシミリアン視点)

 フィリップ王子にお嬢様に異変があったと勘づかれたく無かった為、闇魔法で目くらましをかけ姿を察知されないようにしてそろそろと学園の寮の部屋へ戻った。

 お嬢様をベッドに横たえると、その細く軽い体は音も立てずに柔らかなベッドに沈み込む。

 ジョアンナと話し合った結果、お嬢様には明日まで魔法で眠って貰う事にした。

 その間、付きっ切りで彼女の精神に魔法で呼びかけるつもりだ。


「魔法の長時間の連続使用は精神と肉体に大きな負荷をかけると聞くし……適度に休憩は入れてね、マックス。後でもっとちゃんとした差し入れも持って来るから」


 彼女が言ったように長時間の魔法の使用は術者に大きな負荷がかかる。だが、そんなものは些細な事だ。

 ジョアンナは机の上にいくつかの薬瓶……恐らく疲労回復剤の類だろう、を置いた。

 彼女はシュラット侯爵に事のあらましを説明した後に、ストラタス商会に戻り陣頭指揮を執るそうだ。

 旦那様が乱心して学生寮まで乗り込んで来ないといいが……いや、来るだろうな。そうなると面倒だしかなりの時間のロスが出てしまいそうだ。

 それを危惧して眉根を寄せる私にジョアンナは『旦那様は明日までは足止めするから、大丈夫よ』と悪い顔をして笑った。……まさか物理的な手段じゃないよな?

 ジョアンナはメイドらしく静かで上品な足運びで、だけどかなりの急ぎ足で部屋を出て行く。

 私はそれを見届けてから、ジョアンナにこれから使う魔法に関しての注意点を書き置きすると、眠るお嬢様の柔らかく小さな手を握った。


「お嬢様……」


 お嬢様の精神に深く大きな揺さぶりをかける為、私は彼女の心に自分の精神を潜り込ませる魔法を使う事にした。

 心の内に入り込む……その行為をする事で私は彼女の心中を少なからず覗き見る事になってしまうだろう。

 まるでお嬢様への裏切りを働くような気持ちになってしまい罪悪感で胸が軋んだ。

 その考えをかぶりを振って払う。これは、お嬢様を元に戻す為に必要な事だ。

 私は深呼吸をすると心を静め、握った彼女の手を伝わせて魔力を送り込んでいく。

 そして目を瞑り彼女の精神に侵入する事に集中した。


 ……人の精神に入る事はこれが初めてだ。


 今までやる機会が単純に無かった、というのもあるのだが……。

 一歩間違うと精神が他人の心に取り残され、取り残されたままの精神はいずれ消えてしまう……そんな危険性がある魔法だからだ。

 そうなると肉体は生きていても精神は死を迎え、植物人間のような状態になってしまう。

 何故こんなリスキーな魔法を使うのかというと心を一瞬で塗り替えてしまうような薬の効果に対抗するのに、安全だが外側から撫で擦る程度の刺激しか与えられない魔法を使っても仕方がないと思ったからだ。

 自身の危険を恐れ次善の策を用いて、失敗をした時に後悔するのは自分自身だ。


 一瞬、障壁にぶち当たった感覚がして、私の精神はお嬢様の心の中に投げ出された。


 体の方の意識は落ちて無防備に寝ているようにでも見えるだろう。

 ……ジョアンナが書き置きにちゃんと気付いてくれるといいが。

 無理に起こしでもされたら魔法が中断され、運が悪ければお嬢様の心に私の精神は取り残されてしまう。

 彼女に事前に説明をして使うべきかとも思ったのだが、ああ見えて優しいところもあるジョアンナだ。説明すれば止められてしまっただろう。


 お嬢様の心の中には……不思議な光景が広がっていた。

 高い灰色の建物が立ち並び、高速で走る鉄で出来た馬のいない馬車……矛盾を孕んだ言葉だかそうとしか言いようがないのだ……が無数に走っている。

 祭りでもあるのか見た事が無い程の人が歩いており、服装も私には馴染みがないものばかりだ。

 短いスカートを履いた若い女性が前を横切った時には、思わず自分の目を疑った。

 ……お嬢様の心の中の光景は、お嬢様の経験からしか生まれない。

 とするとこの世界は……お嬢様が、前世で住んでいた世界か?

 明らかにこちらの方が文明が高度で『お嬢様は現世で不便な思いをされていたのでは……』なんてどうでもいい感想を内心漏らしてしまった。

 ふと目の前を背の低い少女が勢いよく通り過ぎた。

 男の子のように短く切った黒い髪、くりくりと丸い黒の瞳。肌は綺麗な小麦色に焼けている。際立って美しい、という訳では無いのだがよく見ると整った顔立ちをしておりその表情は明るく太陽のような魅力があった。

 膝上の長さのチェックの柄が入った灰色のズボンを履き、肩が出るデザインの薄手の白い上衣を身に付けている。

 露出が多いな……と一瞬思ったが健康的な雰囲気が前面に出た少女からは、やらしさは感じられずとてもよく似合っていた。


 (どこか……お嬢様に、似ている気がする……)


 なんとなくその少女の事を目で追うと……。


 (あれは)


 ……ミーニャ王子に、少女は笑顔で駆け寄った。

 いや、猫耳と尻尾が無く普通の人間の姿形をしているので王子ではないのか? だが顔はそっくりだ。


「みこと」


 ミーニャ王子に似ている男は、少女の名前をそう呼んだ。

 ……それがいつかサイトーサン伯爵が呼んでいた、お嬢様の名前……『みこちゃん』という響きと重なる。


 ああ、あれが。前世のお嬢様の姿なのか。

 取り戻したい少女の姿を、私は足早に追った。

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