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令嬢13歳・セラさんの夢とベルーティカ王女の慕情

 ジョアンナが事情を話し、わたくし達はセラさんの工房の奥にある応接室に通された。

 応接室は恐らく普段は1対1の商談スペースなのだろう、小さなソファーセットのみが置いてある広いとは言えない空間で、6人も人が居ればぎゅうぎゅうになってしまう。


「お嬢様、私とジョアンナは外におりますね」


 そう言ってマクシミリアンはジョアンナと廊下に下がっていったけれど、恐らく『犬』を通して会話は聞いているのだろう。


「お……お兄様……」


 ベルーティカ王女はミーニャ王女を見た瞬間からビクビクとしており、セラさんの後ろにずっと隠れていた。

 茶色の尻尾がしんなりと垂れ下がり、とても可愛らしい……。あの尻尾をぎゅっと触ってみたいわ。

 セラさんは恐縮したように長身の体を縮めてソファーに鎮座している。

 ……それもそうよね。他国の王族と、自国の侯爵家の娘が訪ねて来たのだから。恐縮するなという方が難しいだろう。


「ベル。その男が番で間違いないんだな?」

「間違いないわ! この方が私の運命の番よ!!」


 ベルーティカ王女は茶色の三角耳をピンッと立てて、ソファーに座っているセラさんの首にぎゅっと抱きついた。

 そしてそのまま匂いをすんすんと嗅いで、尻尾をぶんぶんと振りながら幸せそうな顔をする。

 セラさんはその行為に戸惑いを隠せないようでベルーティカ王女を押しのけようとぐいぐいと彼女の頭を押しているのだけれど、身体能力が高い獣人の力は伊達じゃないようでベルーティカ王女はビクともせず全く引き剥がす事が出来ない。


「は~……いい匂い……。番の匂いは最高ね……!」


 ベルーティカ王女はセラさんの首筋に鼻を付けて正に愉悦という表情でうっとりとする。なんというか、愛情表現が濃いわね……。


「セラ。ベルーティカの番になったからには、我が国に来て貰わねばならない」


 ミーニャ王子は正に王族という有無を言わせぬ高圧的な態度でセラさんに話しかけた。

 それを聞いてセラさんはビクッと身を震わせる。


「ベルーティカに相応しい身分と住居も用意するし、生活に不便もさせない。悪い話では無いだろう? 平民がいきなり爵位を得られるのだ」


 ……ミーニャ王子、感じが悪いわ!!

 王侯貴族はこんなものだと言われてしまえばそれまでなのだけれど、前世の庶民の血が『理不尽! 横暴! 国家権力の乱用!!』と猛り狂ってしまう。


「お兄様! 賛成して下さるの?」


 ベルーティカ王女は尻尾をぶんぶんと振りながらキラキラと輝く瞳でミーニャ王子の方を見る。

 それに対してミーニャ王子は鷹揚に頷いてみせた。


「当然だ。番と結ばれない獣人の末路は悲惨だからな。妹をそんな目には遭わせられない」


 セラさんは何か言いたげにしているけれど、王族に意見をする恐ろしさに何も口に出来ないようだった。

 このままじゃセラさんの意志に関係なくライラックに行く事になってしまいそうだ。


「ミーニャ王子。彼の意見をちゃんと聞くのも大事だと思いますわ」


 わたくしがそう言うとセラさんはぱっと顔を上げて、救いを見出したようにこちらを見つめた。

 うん、貴方の味方よ。気乗りしない婚姻を求められる側の気持ちは分かるもの。

 わたくしが『味方ですよ』という意志を込めて首を縦に振ると、セラさんの表情は明らかにホッとしたものに変わった。


「……番と結ばれるのを邪魔するの?」


 ベルーティカ王女が犬歯を剥き出してわたくしを威嚇した。

 ミーニャ王子も不服げな顔でこちらを見るけれど、ここは彼の為にも譲れないのだ。


「番の意志も大事でしょう? 無理に攫ってしまってもそんな結婚生活は破綻しますわ」


 わたくしはベルーティカ王女と目をしっかり合わせてそう言った。

 ベルーティカ王女はぐっと言葉を詰まらせながらセラさんを抱きしめる腕に力を込め、セラさんは苦しそうにその腕を叩いて不満を訴える。

 ……王女、貴女の番さん締め落されそうですよ……!!


「セラさん。快諾しない理由があるのなら、お話しになった方がいいわ」


 セラさんに促すと彼は固い表情でしばらく沈黙していたけれど、ぽつりぽつりと話し始めた。


「……俺、好きな子と結婚してこの店を盛り立てるのが夢で……。貴族になれとか言われても、正直迷惑なんです」


 彼がそう言うとベルーティカ王女の抱きしめる腕から力が抜け、するり、と重力に従って下に落ちた。

 ミーニャ王子も金色の目に剣呑な光を湛えてセラさんの顔を凝視している。


「……好きな人、いるの?」


 ベルーティカ王女は恐る恐るセラさんに訊ねる。その質問にセラさんはゆるゆると首を横に振った。


「今、想う人はいません。ただ将来を一緒に過ごすのは王侯貴族ではなく平民の娘がいいんです。同じ目線で考え、感じ、笑えるような。そんな家族が欲しいんです」


 雷に打たれたようにベルーティカ王女の体が大きく震え、濃い茶色の瞳からはぽろぽろと澄んだ涙が零れた。


「だから、ごめんなさい」


 ぺこり、とセラさんはベルーティカ王女に頭を下げる。

 ……人が失恋する光景って見ていて気持ちいいものじゃないわね……。


「……分かった。じゃあ最後に、私が作ったお菓子……食べてくれないかな? せっかく作ったし勿体ないでしょ?」


 ベルーティカ王女は瞳から涙を零して続けてはいるものの、案外あっさりと引き下がった。

 ……なんだか、意外である。わたくしは思わず訝しげな顔で彼女を見てしまう。

 ベルーティカ王女は肩に下げていた小さな鞄からクッキーの袋を取り出してリボンを解くとテーブルに広げた。

 丸型、四角、星、そして1個だけハート……なんの変哲もないシンプルなクッキーに見える。


「じゃあ……これを食べたらお別れって事で」


 セラさんがハートのクッキーを指で摘まんだ瞬間。

 ……ベルーティカ王女の口角が、少し上がったのが見えた。


「だ……だめっ!!」


 わたくしはセラさんからクッキーを取り上げて……思わず自分の口に入れてしまう。

 ……反射的に口に入れちゃったけど毒だったらどうしよう……。

 意地汚さが変なところで出てしまったわね。

 そんな事を考えているうちに、ぐるぐると視界が揺れて……わたくしはその場に倒れてしまった。

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