令嬢13歳・ベルーティカ王女の想い人
ベルーティカ王女は王都の鍛冶屋や織物工場などの職人達が集まっている地域……いわゆる下町で発見されたそうだ。
荒っぽい人々も多い地域で治安も王都の中心と比べるとかなり悪いらしく、ベルーティカ王女が心配だ。
わたくし、マクシミリアン、ミーニャ王子、そしてジョアンナは下町へ向かう馬車に揺られていた。
侯爵家の馬車を使う訳には勿論いかないのでジョアンナが調達してくれた庶民向けに見える馬車に乗り(それでも大商人レベルのものらしいけれど)、服も庶民っぽいものに着替えている。
わたくしはシンプルな黄色いワンピースにショールを羽織り、ミーニャ王子は上が白いシャツで下は茶色のトラウザーズ、そしてお耳が出るようになっている獣人用の鳥打帽を被っていた。
「えーっと。お相手はセラ・ディアン、24歳独身。木工品の職人で、小さいですけど自分のお店も持ってるみたいですね。手堅い商売をしてる好青年で、借金もなく博打も興味なし。趣味はお休みの日に釣りに行く事。平民同士なら結婚相手としては不足はないと思うんですけど。……王女様なんですよねぇ。王女様はセラのお店の斜め向かいにある白の小鳥亭に宿泊してらっしゃるそうです」
ジョアンナは情報が書き込まれた手帳を読み上げ、両手で挟み込むようにしてパンッと軽く音を立ててから閉じた。
すごい、ジョアンナすごい。数時間前に頼んだとは思えない情報量だ……。
「セラとの面会の約束は、ストラタス商会のジョアンナ名義で取り付けております。王女はセラのお店に居ずっぱりだそうなのでセラに会いに行けば自動的に会えるかと」
そして段取りまで付けてくれている。うちのメイドは本当に何者なんだろう……。
ジョアンナは最早メイドじゃない気がしてきたわ。情報屋? 情報屋なの?
「……聞いている限り、悪い男ではなさそうだな」
ミーニャ王子はホッとしたように息を吐いた。
妹姫の『番』がちゃんとした人かは、ミーニャ王子にとってはとても重要よね……。
「ベルーティカの事を、セラはどう思っているか……分かるか?」
「んー……会話を盗聴……いえ、聞いていた者の言によりますと、割とつれない感じみたいです。ベルーティカ王女が身分を明かしたのが原因のようで。王侯貴族のお遊びに付き合って火傷をするのは庶民だと……そんな忌避感を彼は持ってるっぽいですねぇ」
ジョアンナは手帳を捲り情報を確認しながらそう言うと、軽く肩をすくめてみせた。
ミーニャ王子はその言葉を聞いて明らかにムッとした顔になる。
「……獣人は『番』に対して身分など関係なく真剣な想いを持っている。なにせ魂の伴侶なのだからな」
「獣人はこの国で極端に数が少ないので。獣人の『番』という習性を知っている人間はあまり居ないんですよ」
マクシミリアンが横から情報を補足する。
そうね……知らないからこそ尚更王侯貴族の戯れに付き合わせられているとしか思えないかもしれない。
「王侯貴族にいきなり『君は運命の相手だー』って言われても、庶民はホイホイと乗っかれないわよね……」
わたくしもシチュエーションを想像して思わずため息を吐いた。
ベルーティカ王女とセラの関係は……ちょっと立場が違うけれど、わたくしとフィリップ王子の関係に似ている。
「セラが望むのなら、身分を与えライラックの王宮に迎えるつもりだ。なんの問題がある」
ミーニャ王子の言い方に、わたくしは少しカチンときた。
この国にセラさんにとって大事な物があるかもしれないじゃない!!
人から見たらつまらない事でも、自分にはとても大事だったりするんだから。
わたくしの南国自給自足生活への憧れもそうだ。
でもベルーティカ王女も生涯でただ一人の運命の伴侶を得る為に必死なのよね。
マクシミリアンを失うのは、わたくしにはもう耐えがたいわ……きっとそれと同じ……。
「……難しいわね……色々と」
わたくしは思わず腕を組んで考え込んでしまう。
いい落としどころがないかしら……。
「難しい事なんて何もない。セラとやらを説得して、ベルーティカと一緒に国に連れて帰るだけの話だ」
ふん、とミーニャ王子が鼻を鳴らして言う。
……とりあえずはセラさんの話をきいてみないと、始まらないわね。
「そろそろ着きます。あれがセラの店ですよ、お嬢様」
ジョアンナの声につられて窓から外を見ると、小ぢんまりとして清潔感のある、店舗と一体型になった工房が目に入った。
路面に向いた店頭には数々の木工品が並べられ、店頭から見える奥の工房では一人の青年が金槌を鳴らしながら椅子を組み立てている。あれがセラさんなのだろう。
日に焼けた浅黒い肌、短く切った赤い髪、涼し気な一重の黒い瞳。目鼻立ちは整っており清潔感のある青年だ。
その青年の周りで、セミロングの茶色の髪、頭から伸びた茶色の三角お耳、意志の強そうなきりりとした目、いかにも高級という感じの白のブラウスとパニエで膨らんだスカートを着た美少女……がちょこまかと彼にちょっかいを出している。この人がベルーティカ王女ね。
それを青年は邪魔だと言わんばかりのオーラ剥き出しで、だけど無碍にも出来ず困ったような表情であしらっていた。
「ちょっと、行って来ますねぇ」
そう言うとジョアンナは停止した馬車から降り、セラらしき青年に近づいて行く。
青年はジョアンナが話しかけると……何故か平服した。
ジョアンナはそれに対して『苦しゅうない』というような仕草でへらへらと笑っている。
「流石、王都一の猛威を振るうストラタス商会の裏のボスですね……」
ぼそり、とマクシミリアンが言った言葉にわたくしは目を丸くした。
ジョアンナ、貴女そんな事に……。




