令嬢13歳・3人の王子様・後
「愛しいビアンカ。ミーニャ様に攫われたというのは本当かい?」
そう言いながらフィリップ王子がにこやかに……でもどこか不穏な空気を漂わせてこちらに近づいてくる。
笑顔が、笑顔が怖い。華やかだけどなんだか黒い。
攫われた事を王子が知っている情報源はノエル様だろう……。
フィリップ王子は攫われた相手とお茶をしようとしているわたくしに事情を訊きたいのだろうけど、ベルーティカ王女の事は内緒のお話なのだ。
冷や汗を垂らすわたくしとは対照的にミーニャ王子は尻尾をぱたぱたしながら紅茶のお替りを貰いそれに砂糖をどっさりと入れている。甘党ですか、可愛いですね。
「えっと、フィリップ様。他国の方と交流を深めていただけですわ?」
「……本当か、ビアンカ。怖い事は何もされてないか?」
言いながらフィリップ王子はわたくしの手を取って何度も口付ける。
……周囲の視線が痛い、止めて下さい、わたくしまたどこぞのご令嬢に絡まれてしまいます!!
真っ赤になってはくはくと唇を動かすわたくしにフィリップ王子の凄絶な美貌が近づいてきて、鼻先が触れ合うくらいで止まる。息も触れるような距離だ。
「……何もされていない?」
「さ……されてません! ミーニャ王子は良い方です!! そしてフィリップ様、近いです、離れて下さい!!」
……ミーニャ王子が良い方というのは、ちょっぴり嘘だけど。
不愛想だし、わがままだし、勝手に巻き込むし、気分屋っぽいし……良い人かは微妙なラインである。
そしてフィリップ王子が……離れてくれない。
いたぶるように触れないギリギリの距離で、じっと見つめられる。
マクシミリアンの方からビシビシと殺気が伝わってくる……あああ、離れて下さいまし……!
「離れる? 何故? せっかく愛しいビアンカと一緒にいるのに」
フィリップ王子の手が、優しくそわりと顎の下を撫でた。
濃い蜂蜜のような色の金色の瞳が、容赦なく視線を絡めてくる。
「婚約者じゃない女性に無体はお止め下さいませ……!!」
「フィリップ様、ダメだよ。女の子に無理に迫るのは。そういうのって同意が大事でしょう?」
わたくしが叫んだタイミングでメイカ王子が割って入ってくれる。
……でもメイカ王子、以前貴方も同意を得なかったですよね? お前が言うな、なのですよ!!
「……お前ら、ビアンカを取り合ってるのか? 良かったじゃないか、ビアンカ。強い雄にモテるのは雌として誇っていいぞ」
ミーニャ王子は甘くした紅茶に更にミルクをどばどば入れて、また冷まそうとフーフーと息を吹きかけながら言った。
「……ミーニャ王子、適当な事を言わないで下さいませ?」
「本気で言っているのだが?」
ミーニャ王子はこてり、と首を傾げる。それに合わせて猫耳がふわり、と揺れた。
可愛い……可愛すぎる……!!!
わたくしが猫耳に釘付けなのに気付いたフィリップ王子が、ふむ……と何かを考えるような顔をする。
……ろくでもない事を考えている気がするわ……。
「ビアンカは、ああいうものが好きなのか?」
「ああいう……でございますか? フィリップ様」
「獣の耳や尻尾だ。先程からミーニャ様のそこばかり見ているじゃないか。……俺もどうにかあれを生やせないかな……」
「ビアンカ嬢、そうなの? えっちだね~」
「メイカ王子! そりゃ獣のお耳は好きですけど……えっちな気持ちで見てている訳ではありませんわ!!」
令嬢が大声で主張する事ではないと分かってはいるのだけれど、きっちりと主張しておきたい。
疚しい気持ちはあるけれど、えっちな気持ちとは違うのだ! そう……これは、前世の業ってやつなのよ!!
そしてフィリップ王子の思考回路がマクシミリアンと同じである。
ミーニャ王子にはなんだか生温かい目で見られているし……うう、そんな目で見ないで……。
「人の耳と尻尾に興味津々だなんて、流石初対面で僕にキスをしてきた破廉恥な女だな」
「ミーニャ王子! 誤解を招く事を言わないで下さいませ!?」
案の定フィリップ王子の目が、不穏な色を纏った。
……王子様達が揃うと本当にろくなことがないわ!!
「ビアンカ、ミーニャ様にキスしたのか?……俺にもキスを……」
「しませんわよ!!!」
フィリップ王子の顔が近付いてくる……逃げなきゃ、と思って体を後ろに動かすとバランスを崩して椅子から転がり落ちそうになった。
するとマクシミリアンがわたくしの両脇に手を入れて、ひょいっと軽く上に持ち上げた。
「皆様でお嬢様をいたぶるのはお止め下さい。年頃のご令嬢の評判に傷が付いたらどうするのです」
……マクシミリアン、ありがとう。でも抱えたままにしないで地面に下ろして……!!
足をじたばたさせると渋々という感じで彼は地面に下ろしてくれた。
王子様三人に囲まれて、見ようによってはとても贅沢な状態なのだと思う。しかも美しい侍従までいる。
だけどこの状況が全く嬉しくないのは何故だろう……。
令嬢達の目がチクチク痛いし。肝が冷えるばかりだわ……。
やっぱりこういうシチュエーションは乙女ゲームの中だけで十分です。現実ではいらないです。
「――で。僕はビアンカと色気が無い内密な話をしたいのだが。いつ気を遣って退散してくれるのかな?」
ミーニャ王子は尻尾をぱったぱったと不機嫌そうに揺らす。
そうなのよね、妹姫様捜索のお話をしないと……。
「色気のない内密な話? なんだかつまんなそうだねぇ」
メイカ王子が赤い髪を揺らしながら無邪気に言う。
こういうところはミルカ王女と似ているなぁ、と思う。やっぱり双子なのね……。
「……本当に、色気が無い話なんだな? ビアンカを口説く気じゃないよな?」
フィリップ王子、他国の王子になんて事を……!!
「番じゃない女を口説く程、暇じゃない」
ミーニャ王子が素っ気なく言い、フィリップ王子はその言葉に納得したような顔をした。
『つがい』……? それは何かしら。
わたくしが疑問を口にしようとした時カフェテリアの店員がマクシミリアンに何か紙を握らせるのを視界の端で捉えた。
それをこっそりマクシミリアンが開いて、少し不機嫌そうな顔をする。
そしてわたくしの耳元に口を寄せると、
「ジョアンナに先を越されました」
と囁いた。
……つまり、妹姫様が見つかったのね?
ジョアンナ……先程捜索をお願いしたばかりなのに。ストラタス商会の私兵はどれだけ優秀なんだろうか……。