令嬢13歳・ミーニャ王子からのご依頼
「手を貸せって……何をすればいいのです?」
わたくしがそう訊ねるとミーニャ王子は目を細めてわたくしを値踏みするように見つめる。
「口は固いか? この国に協力者は少ないのでな。仕方なくお前に頼むんだ」
「犯罪じゃなければ、口を閉ざしますわ。あ、でもうちの従者達にだけは話しますわよ? 内容によっては従者達にも協力をさせないといけないので」
どちらにしてもマクシミリアンには『犬』を通じてこの話はもう筒抜けだと思うし。
それにしても流石王子、尊大な口調と態度だ。フィリップ王子も親しくない人にはそういうところがあるものね。
……でもふわふわ動く柔らかそうな猫耳とか尻尾を見てるとなんだか許せる気持ちになっちゃう……。
オタク心を刺激してくるなんて本当にずるいわ!
「分かった、その従者にも手伝わせろ。実は……妹のベルーティカが行方不明なので、探して欲しいんだ」
ミーニャ王子は、大きな溜め息を吐きながら言った。
妹って……王女様!? 王女様が行方不明なんて大事じゃない!!
「えっと、それはわたくしじゃなくてフィリップ様……えと、王子にお願いして捜索の騎士隊を出して貰った方がいいんじゃないかと……」
「大事にしたくないから、どこぞの貴族の娘らしいお前に頼んでるんじゃないか」
ミーニャ王子が言うにはベルーティカ様は自国にいる時もよく城を抜け出して数日帰って来ないという事がざらなお転婆さんで、今回も攫われた形跡などは無かった為お忍びで外に出たと予想しているそうだ。
誘拐等の事件ならともかくそんな事で捜索隊を出すような手は煩わせられない、だからたまたま脅す『口実』が出来たわたくしに頼んでいるそうで……。
「くっ……可愛い猫ちゃんに引っかかってしまったせいで面倒事に……! でもすっごく可愛かった!」
意図的では無いのだろうけど、あの子猫ちゃんは結果的には罠だったのだ……!
でもふわっふわで可愛かったなぁ。また触らせてくれないかなぁ。
「……そんなに僕の獣化が気に入ったのか?」
頬を赤く染め、横目で流し見るようにしながらミーニャ王子が問う。
そりゃ気に入るに決まってるでしょう! あの子猫は凶悪なくらいに可愛かった。
今もこの尊大なイケメンと同一人物なのが信じられないくらいよ。
「妹のベルーティカがお前の働きで見つかったら礼としてまた触らせてやる。だから協力しろ」
「はい、喜んで!!!」
……思わず体育会系の居酒屋店員のような声で返事をしてしまった。
でもまたあのすべすべで柔らかい被毛を触れるのなら、いくらでも頑張るわ。
まぁわたくしが出来る事なんてたかが知れてるのだけど。
マクシミリアンとジョアンナにお願いして街の捜索を隠密でして貰うくらいかしら。
街の事ならマクシミリアンよりもジョアンナの方が得手かもしれないわね。
ベルーティカ王女は母親の血が強く出た為、ミーニャ王子と違って犬の獣人だそうだ。猫科と犬科のご婚姻なのね。
頭には茶色の三角のお耳、お尻に丸まった尻尾が付いた、栗色の髪の女の子だそう。
獣化すると赤茶色の毛並みで尻尾がくるんと巻いたそこまで大きくないサイズのわんちゃんにって……。
……えっと。あれですね、それって多分柴犬ですね?!
お会いするのが俄然楽しみになってきた! 柴犬はわたくしの前世で好きな犬ナンバーワンなのだ!
その時、背後からふわりと抱きしめられてわたくしは悲鳴を上げそうになった。
だけどいつもの嗅ぎなれたミントのコロンの香りにマクシミリアンだと確信し、一瞬で体の力を抜く。
上を見上げるとマクシミリアンの怒りを含んだ表情をした、端正な顔が目に入った。
……怒ってるなぁ……。でも怒っていてもかっこいいです。
ぎゅうぎゅうとわたくしを抱きしめる手に力が入る。ちょっと苦しいわ……。
「……お嬢様。こんなところで他の男と密会なんて。私は嘆かわしいですよ」
「マクシミリアン、来てくれたのね。でも不可抗力だったのよ?『犬』を通じてもう事情は分かっているのでしょう?」
抱きしめられた腕の中で身じろぎをして、彼の胸に頬を押し付ける。
するとマクシミリアンは優しくわたくしの頭を撫でながら、ミーニャ王子を鋭い目で睨んだ。
マクシミリアンの視線を受けてミーニャ王子の尻尾は威嚇するように大きく膨らんでいる。マクシミリアン、他所の王族を挑発しないで。国際問題になっちゃうわよ……。
「事情は魔法でお伺いしました。ただ、お嬢様を危険な目に遭わせたくはありませんので捜索は私とジョアンナが行います。それでいいですね?」
「大人しく成果を待っているわ。捜索に加えてくれる気は無いのでしょう?」
「当たり前です!」
そう言いながらマクシミリアンはわたくしの旋毛に優しく何回もキスを落とす。
人前では恥ずかしいから止めて、マクシミリアン!
「……その男は、お前の従者か?」
「はい。わたくしの執事……」
「お嬢様の執事で恋人です。まだ公の関係では無いのですが」
わたくしの言葉を遮ってマクシミリアンは牽制するように言葉を重ねた。
マクシミリアン……!! バラしちゃうの!?
ミーニャ王子は学園祭が終わったら国へ帰ってしまうし、知られても支障がないといえばそうなのだけれど。
それにしても『恋人』と改めて言われると、照れる。なんだかとても照れる……。
「あー……通りで。その男の匂いがお前からぷんぷんしてたもんな」
ミーニャ王子はわたくし達の方をなんだか生温かい目で見つめる。
……バカップルと思われている気がする。そ……そんな目で見ないで……!!
確かに平素からぎゅうぎゅう抱きしめられているから、嗅覚が鋭い獣人さん達にはわたくしに付いたマクシミリアンの香りも嗅ぎ取れてしまうのだろう。
「あっ、そうだ。わたくしビアンカ・シュラットと申しますの。シュラット侯爵家の娘ですわ。お前じゃなくて名前でお呼び下さいませ? ミーニャ王子」
さっきから『お前』と言われ続けてなんだか落ち着かないのだ。
「……侯爵家の令嬢!? くそっ……もっと下位の貴族の娘かと……」
ガシガシとミーニャ王子は頭をかく。
ご……ごめんなさいね、上位貴族オーラが無くて……!!
「あーなんだ。上位貴族の令嬢に失礼を働いてしまったな。許せ」
ミーニャ王子は耳をぺたん、と下げて上目遣いでわたくしを見ながら、尊大な口調で謝った。