令嬢13歳・猫と令嬢・前
その日わたくしは、可愛いお猫様と出会った。
学園祭まであと二週間。その準備も整い始めた最中。
他国の学園の生徒がリーベッヘ王国に着き、学園近くの宿にもう宿泊されているという事。
そして学園祭までの間も時折学園の見学に来られるので、違う制服の方を学内で見たら失礼が無いようにとアウル先生から通達がされた。
そう、学園祭には危険性を考えて外部からのお客様を呼ばない代わりに、国内・他国の貴族の学園に通う生徒達が招待でいらっしゃるのだ。
先生のお話を聞いてわたくしの胸はときめいた。
なんだかんだで箱入りのわたくしは、社交へあまり行く事もなく基本的には引きこもりだ。
なので他国の方々と触れ合う機会なんて滅多にない。
……パラディスコの方々は結構な人数の知り合いが出来たけれど、うん。
「他国の方なんてドキドキするわ。どの国の方が来るのかリストはもう出ているのかしら」
「はい、お嬢様。先程学園の方から主人に渡すようにと言付けられまして。こちらになります」
マクシミリアンから渡されたリストを食堂で食後のケーキと紅茶を食べつつ眺める。
「……へぇ、ここは工業国で鉄道の開発を進めているところよね。そしてここは……」
ペラペラとリストを捲っていたわたくしの目に、一つの国が留まった。
「ここ……ライラックって獣人の国よね」
移住希望先のリストを作る時に気になった国の一つである。
かなり遠くの国だったのと周辺の治安が少し悪いのでリストから外したけれど、ここもパラディスコと同じく農業が盛んな国だ。
そして……獣人の方々が住んでいる。
「獣人、いいわね! 素敵ね! ファンタジーね! お耳と尻尾がもふもふしてるのよね……ああ、触りたいわ……」
「お嬢様……」
マクシミリアンがなんだか不服そうな目でこちらを見る。な……何よっ。
別にえっちな下心は無いわよ!!
「獣人の方々は自分の決めた相手にしか耳や尻尾を触らせる事を許さないと聞きますので。難しいかと思います」
「……あら、そうなの。それは残念ね」
わたくしは思わずしょんぼりとしてしまう。
大きくてもふもふしている尻尾や可愛いお耳を触ってみたかったけれど……同性でもダメなのかしら。
万が一お知り合いになれたら相談してみよう。
「……もふもふ、したかったわ……」
「お嬢様、『犬』を後ほど触らせてあげますから。くそっ……何か耳と尻尾を生やす手段はあったかな……」
マクシミリアンは考え込むようにぶつぶつと言っている。
耳と尻尾を生やす手段……!? マクシミリアンのケモミミ・ケモ尻尾とか、萌えてしまうじゃない。
致死量の鼻血とか多分吹いちゃう!!……是非早急に、その方法を見つけて欲しい。
「ビーちゃん何の話してるのー?」
割烹着を着たユウ君が紅茶のお替りを持ってきながら声をかけてきたので、わたくしは獣人の国の方が来るので楽しみだという事をユウ君に話す。
するとユウ君も目を輝かせて『ケモミミはオタクの夢だものね!』と笑った。流石ユウ君分かってるわ!
ユウ君には最近シュミナ嬢と正体を隠してお勉強会をしている事と、身辺に気を付けるようにして欲しいという事を話している。
シュミナ嬢と勉強している事に関して話すとユウ君はとても喜んでくれて、『自分もサポートしようか?』と申し出てくれた。
だけどシュミナ嬢に近づき過ぎてエイデン様に狙われたら大変だし……とりあえずはわたくし一人でと断った。
勉強中は『犬』にエイデン様を見張って貰い、彼が近づいて来たらマクシミリアンが迎えに来てわたくしを逃がすようにしているので今のところ鉢合わせはしていない。
……すごくスリリングだわ……。
シュミナ嬢はコツコツと勉強を重ね、解ける範囲がどんどん広がっている。
テスト範囲にはもうすぐ追いつくんじゃないかしら……流石ヒロインはスペックが高い。
そして本当に可愛いのよね……時々見惚れてしまうもの。
その事をマクシミリアンに言ったら『お嬢様が、世界で一番可愛いですよ?』と真顔で言われたけれど……マクシミリアン、それは身内の欲目よ……?
「じゃあユウ君、ごちそうさま!」
「うん、またね。ビーちゃん! あっ……唇の端にクリーム付いてる。ご令嬢なんだから気を付けて?」
立ち上がって食堂を出ようとしたら、ぐりぐりとユウ君の親指でクリームを拭われる。むむむ、恥ずかしいわね。
ユウ君は指に付いたクリームをぺろりと舐めると、『じゃーね』と手を振って去って行った。
「お嬢様……!!」
マクシミリアンが慌ててごしごしとハンカチでわたくしの口を拭く……! 痛い、痛いわ!!
もうクリームは取れたのだしそんなに拭かなくても大丈夫よ!!
食堂を出て緑の生い茂る中庭の道を通って、マクシミリアンと歩く。
シュミナ嬢とうっかり男装で鉢合わせたこの道は最近のお気に入りだ。
緑が多いって目に優しいし爽やかよね。
……エイデン様に襲われた嫌な思い出もある道だけど。
そんな事を思いながら歩いていると、頭の上に……唐突に何か柔らかなものが降ってきた。
「ふぇ!?」
その柔らかいものはころり、とわたくしの頭から落ちて制服に爪を立てながら胸に張り付いて落下を止めた。
……猫だ。
黒い綺麗な毛並み。真ん丸で大きな金色の目。綺麗な顔立ちの、子猫。
「かぁわいいい!!! マクシミリアン! 猫、猫よ!!」
わたくしは思わず興奮して子猫に頬ずりしてしまう。
「なんて可愛いの! お前名前は? ああ、お喋りなんて出来ないわよねぇ!」
「にゃあん」
子猫は小さく可愛い声で鳴く。まるでお返事しているみたい。
可愛すぎる……思わずニマニマしながら見つめてしまう。
「ああ、素敵な子ね……!」
言いながら思わず子猫の頬にキスをする。
ちょっと引っかかれたけれど気にもならないわ、うん。
「お嬢様。その辺で放してあげては? 嫌がっておりますよ。親猫も近くに居るかもしれませんし」
「……そうね、マクシミリアン……」
わたくしは渋々猫を地面に置いた。すると猫は後ろを振り返り振り返りしながら立ち去って行く。
ああ……もっと触りたかったわ……。
……もふもふ不足のわたくしが寮に帰ってマクシミリアンに『犬』をもふもふさせて貰ったのは言うまでもない。