閑話12・シュラット侯爵の憂鬱
今日は立て込んでいるので短めの閑話2本の更新になります。
『ビアンカに卒業まで婚約者を作らせるな』
……ある日、要約するとそんな内容の書簡が王家から我がシュラット侯爵家に届いた。
「あの王子……無茶苦茶な事を言うな……」
俺、リチャード・シュラットは、それを見て思わず苦い顔をしてしまった。
卒業までに娘が王家との『婚約』に対して首を縦に振らなければ、ビアンカの意志を汲んで『婚約者候補』から外すとも書いてあったが毛頭逃がすつもりは無いのだろう。
フィリップ王子は、卒業までの残り2年と少しの間に……俺の愛しい娘ビアンカを本気で追い込み、手に入れるつもりだ。
だが……ビアンカは、王妃になる事を望んでいないらしい。
『婚約者』の話が出た時に『婚約者候補』にしてくれと願い出た7つの頃から、何年経ってもその考えは変わらないようで。
ビアンカは『婚約者になってくれ』と言う王子を常にやんわりと拒んでいた。
そんな様子を見て何度か『婚約者候補』から娘を降ろす事を打診したのだが王家……というよりも王子がだろう……は頑として首を縦に振らなかった。
……王子の執着を甘くみていた。これは俺の落ち度だ。
『婚約者』の話が来た時点で、自分の立場が悪くなろうときっぱり断ってやるべきだったと今では後悔している。
娘が望まない事は強制したくない、それが俺の本音だ。
ビアンカがちゃんと納得できる相手と『婚約』をさせてやりたい。平民や家格が下すぎる相手は流石に許してやれないが。
こんな考え方は貴族らしくないと、笑われるかもしれない。
だけどビアンカは愛する妻が残した、ただ一人の大事な娘なのだ。不幸になどは、絶対させたくない。
俺の愛した唯一の人……ジュリアは、儚げで、美しく、とても愛らしく笑う女性だった。
『……娘を、頼みます』
ビアンカがまだ3つの時。
病に倒れた妻はそう言うと、細い息を吐いて静かに息を引き取った。
その瞬間を思い出すと、今でも絶望に心を鷲掴みにされる。
彼女が亡くなった日から俺の使命は娘を幸せにする事になった。誰にだって不幸にさせてはなるものか。
ビアンカがこの先フィリップ王子を愛する事があったり、王妃になるのを納得した上で婚約するのなら、良いのだが……。
よもや無理矢理、なんて事になれば自分がどうなるのか分からない……そんな事にはならないと願おう。
……ビアンカは、将来の事をどう考えているのだろうか。
そんな事を考えながら机の上に積み上げられた娘の婚約者にどうかと送られてくる釣書を眺める。
王子の『婚約者候補』にも関わらず、ビアンカに来る縁談はひっきりなしだ。
娘が男性に人気があるというのは、男親としては嬉しい気持ちと複雑な気持ちとが半々だ。
……いっそ、嫁になんて行かなくてもいいんだけどなぁ……。
アルフォンスが嫁を見つけてくればシュラット家自体は安泰なのだし。ビアンカを嫁に出さなくても別にいいんじゃないか?
うん、うちの経済状況ならビアンカ一人なんて1000年でも余裕で養える。アルフォンスも賛成してくれるだろうし……。
……そんな危険な考えが脳裏を過るが、頭を振って追い払った。
「しかしなんだこれは。パラディスコ王国の、メイカ王子からの婚約の打診……? パラディスコの別の貴族からも打診がきていたな……。夏に旅行に行かせたのが間違いだったか」
溜め息を吐いて釣書をぱたりと閉じる。
ビアンカが遠くの国に行くのは……パパは嫌だなぁ。嫁に行っても月1くらいで娘の顔は見たい。
じゃないと俺が死ぬ。寂しくて死ぬ。
パラディスコ王国の者とビアンカが恋仲になったなんて言われる前にちょっとだけ釘を刺しておかねば。
王子の事もあるし娘が次に帰ってきた時に……ビアンカとは色々と話をしなければならないようだ。
その……ビアンカが次に帰ってきた時に。
娘とマクシミリアンからとんでもない報告を受け頭を抱える事を、俺はまだ知らない。