令嬢13歳・男装令嬢とシュミナ嬢・前
「お嬢様ーとても素敵でございますよ!!」
寮のお部屋でわたくしは……メイドのジョアンナに遊ばれていた。
学園祭の出店で男装をするのでジョアンナに衣装を任せたいのだけれど、と言ったら……。
「本格的にお洋服を発注する前に、お嬢様にどんな男装が似合うか試してみましょう!!」
なんてキラキラした目で言われジョアンナのご実家のストラタス商会の衣類関係の部門の方々を呼ばれてしまい、着せ替え人形のように脱いで着替えてをする羽目になったのだ。
「ジョアンナ、わたくし疲れたわ……」
「そんな事を言わずちゃんと鏡を見て下さいませ?」
ジョアンナに可愛いおねだり顔でそう言われて鏡を見ると……。
白皙の美少年が、鏡の中に居た。
す……すごい! 乙女ゲームの攻略キャラみたい!! 確かにこれはテンションが上がる!!
黒いビロード生地の詰襟には豪奢に銀の刺繍が入り、トラウザーズはすっきりと足が長く見える細身のデザイン。腰には太目のベルトを巻いて、手には潔癖さを匂わせる白の手袋。白のブーツはもちろん上げ底だ。
長い銀の髪は1本に纏めて後ろに流している。
胸は潰す必要もなく、ええ、綺麗に平らですね。
「ジョアンナ、マクシミリアンにも見て貰いたい!」
わたくしがそう言うと、ジョアンナはニコニコしながらマクシミリアンを連れて来た。
彼は『おや』と驚いた顔をした後に、可笑しそうに笑う。
「……変かな、マクシミリアン」
「いえ、あまりにお似合いで。シュラット侯爵が幼い頃はこのような少年だったのかな、と想像してしまいました」
父様に似てるって事ね。嬉しいわ。
素で少年に見える平たい胸が、憎いけれど……。
「マクシミリアン、ユウ君にも見て欲しいから食堂まで行ってくる!」
「……分かりました」
ユウ君の名前を出すとマクシミリアンは苦々しい表情でそう答える。明らかに不満そうね。
……でもせっかくの男装なのだし、他の誰かにも見て貰ってちょっと驚いたり笑ったりして欲しいじゃない?
居る場所がある程度固定されてるから捕まりやすく、仲がいいのなんてユウ君くらいだし。
マクシミリアンはタイミングが悪く父様経由で送られてきた書類の処理があるみたい。
その代わり、わたくしの影に大量の護衛用の『犬』を仕込んでくれたようだった。
……食堂にちょっと行くだけなのに過保護ね……!
わたくしは意気揚々と寮を出て食堂へ続く廊下を……ではなく、中庭を経由して人が少ない道を通って歩く。
『一見して少年にしか見えませんよ?』とジョアンナとマクシミリアンに太鼓判を押されたものの、人目が多いところを歩くのはやっぱり不安だったのだ。
中庭の緑に目を癒されながら歩いていると、耳に少女のすすり泣く声が聞こえた。
周囲をキョロキョロ見回してみると、人影が木の側に座り込んでいる。
……気分でも悪いのかな? 大丈夫かな。
心配になって近づいてみると……人影は気配に気付いてぱっとこちらを振り返った。
……シュミナ嬢だ。
ああ……こんな格好をしている時に出会ってしまうなんて……!
最近大人しいとはいえ小馬鹿にされたりしたらどうしよう……ちょっと傷つくわね。
まぁでもしているものは、仕方ないわ。学園祭の衣装合わせだと言えばいいんだし。
シュミナ嬢は演技じゃなく泣いているらしく嗚咽が止まらないようで、しゃくりを上げながら懸命に小さな手で涙を拭おうとしている。
「……ハンカチ、使う?」
わたくしがそっとハンカチを差し出すとシュミナ嬢は驚いたように目を見開いた。
男装した悪役令嬢からハンカチを差し出されるなんてそりゃ驚くわよね、ガチ泣きしてるからつい、差し出しちゃったのよ。
「誰だか知らないけど……ありがとう」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら彼女は差し出したハンカチで涙を拭った。
……わたくしが誰なのか、気付いていないみたい。
ストラタス商会の男装技術、恐るべしね。
「何があったか知らないけど元気出してね」
そう言ってわたくしがそそくさと立ち去ろうとすると、彼女にぎゅっと服の裾を掴まれた。
驚いて彼女の方を見ると捨てられた子犬のような潤んだ目でこちらを見ている……。
ど……どうしろと!!
「す……少しだけ、話、聞いて貰っていい?」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら言うシュミナ嬢の必死な様子に、わたくしは思わず首を縦に振ってしまった。
「少しだけなら……」
そう言って彼女が腰をかけている木を挟んで背中合わせに腰かける。
あんまり正面からまじまじと見られて、正体がバレるのも面倒だと思ったのだ。
シュミナ嬢は、しばらく口籠っていたけれど……溜め息を一つ吐いて、話し始めた。