ヒロインは崖っぷちから生還できるか(シュミナ視点)
この世界で出会った日本人、サイトーサンとお話をして、しばらく色々と考えて……。
私はどうしていいのか分からなくなってしまった。
ここは、私が幸せになる為の……私の為だけの世界だと思っていた。
だけどサイトーサンはそれは違う、ここは『現実』だと言う。
ビアンカもゾフィーもヒロインである私にとっての『バグ』のような存在で邪魔だから排除しなきゃと思ったし、それは当然していい事だと確信していた。
だからエイデンに頼んで、二人をこの世界から消して貰おうか、なんて思ってた。
だってこの世界の主役は私……だと思っていたから。
……彼らは私の為の『ゲーム』の脇役で、主役じゃないから。どれだけ酷い事をしてもいいんだって。
でも、ここが『現実』の世界で皆が生きている普通の人達だとしたら。
私がビアンカやゾフィーにやった事はただの現実に存在する人に行った『虐め』で、バグの排除は即ち『殺人』だ。
魔法実技の授業で私が怪我をさせてしまった、取り巻きの子の生々しい赤い血の記憶が、蘇る。
彼は全治二ヶ月と言っていたけれど、経過が悪いのかまだ学園に来ていない。
……そして私は彼のお見舞いにすら行っていない。
ここが『現実』だとすると取り返しの付かない事が、多すぎる。
いや、いや、いや、いや、いや……。
そんなの……認めたくない。
一人で悶々と悩み、考えあぐねた結果。
私は今日もサイトーサンに話を聞いて貰おうと食堂に来ていた。
嫌がられるかな、断られるかな。だって私は必ず皆に歓迎される特別な存在……ヒロインじゃないのかもしれないのだから。
かもしれない、なんて往生際が悪いけれどすぐに考えなんて変えられない。
不安な気持ちで彼に会いに行くとサイトーサンはまた『仕方ない子だね』と呟いてお水を渡してくれた。
先日のように席に着いて大人しく待っていたら、10分くらい後にサイトーサンは割烹着を脱ぎながらこちらへやって来た。
「……忙しいのに、ごめんなさい」
私がそう言うとサイトーサンは少し驚いた顔をした後に、優しく笑う。
「ごめんなさいが言えるようになったんだね。偉い偉い。じゃ、今回も5分だけね? あっ、ビーちゃんを虐めてないだろうね?」
「……最近は、してない」
「そうなの? 偉いじゃない。ビーちゃんにごめんなさい出来るようになったら、もっと偉いんだけどなぁ」
「……今更、謝ってもしょーがないじゃん……絶対許してくれないもん」
「それは君次第でしょ?」
そう言いながら彼は向かいの席に座って、話を聞く姿勢を見せてくれた。
そんな優しさを見せられただけで私はなんだか泣きたくなってしまう。
「あれから色々考えて……悩んでて」
「……それで?」
「どうしていいのか分からなくなって。サイトーサンと会えば少し心も落ち着くかなって」
「……心の安定剤にされても、僕は困るんだけどなぁ」
サイトーサンは言いながらポリポリと頭をかく。やはり、迷惑は迷惑なのだ。
でも困りつつもこうやって話を聞いてくれるのだから、優しい人だ。日本でもとてもモテたんだろう。
「サイトーサン、こちらでもモテてるけど日本でもモテたでしょ?」
「……別に。本当に好きな人以外にモテても、仕方ないでしょ」
思わず口に出すとサイトーサンは投げやりな感じでそう言った。
『本当に好きな人』……きっとそれはビアンカの事なんだろうと思ったけれど。触れてはいけない事のような気がして、私は言わない事にした。
「シュミナちゃんは、好きな人はいるの?」
サイトーサンにそう訊かれて、私は少し考える。
乙女ゲームでの最推しは、フィリップ王子だった。
でも現状彼とはほぼ接点もなく……むしろ会いに行くと邪険にされる。
そして彼は一見して分かるくらいにビアンカに夢中だ。
他のキャラに関しても乙女ゲームの知識以上の事を……私は何も知らない。
知れるような関係を築けなかったから。
エイデンとは仲良くしているけれど正直『ハーレムルートのおまけ』くらいに考えていた。
……彼が生身の人間だとすると、我ながら酷いわね……。
私……誰が好きなんだろう。
「……分からない」
「この前ビーちゃんばかり好かれるのが嫌だって言ってたけど。別にビーちゃんに好きな人を取られた訳でもないんだね?なんでそんなに対抗心剥き出しなの」
「日本でやってたゲームの世界にここって似てて……私はそのヒロインのポジションに転生したの。だから世界は私のもので、皆は当然手に入るって思ってた……。なのにビアンカ様がヒロインみたいな状態になってるから、すごく腹が立って」
私がそう言うとサイトーサンはなんとも微妙な顔をした。
「私、ビアンカ様やゾフィー様はこの世界のバグだと思ってたの。だからどうにか消せないかなって考えてたんだけど。……サイトーサンにここは『現実』だって言われて止めようって思ったの」
「消す!? 殺すって事!? 馬鹿なの? 君がその間違いのままビーちゃん達に危害を加えてたら、僕が君を許さなかったよ。君って本当に馬鹿だね」
だって、知らなかったから。この世界が『現実』だなんて……。
いや……自分に都合が悪いから、そう思いたくなかったんだ。
それにしてもうるさいなぁ……そんなに馬鹿って言わなくていいじゃない!
「うるさいわね!! 馬鹿って何回も言わないで! ヒロインだと思ってたんだから仕方ないじゃない! 起きたら最強主人公になってたのに、別に最強じゃなかったなんて思わないでしょう!?」
「それはそうかもしれないねぇ」
私が荒い語気で話し睨みつけてもサイトーサンは穏やかな微笑みで受け止めるので、なんだか毒気が抜かれてしまう。
周囲は謎の会話をする私達を胡散臭げに見ているけど、何故か気にもならなかった。
「じゃあさ、本当に好きな人を見つけて……好きになって貰う努力でも始めたら? 誰かに好かれる努力をしたら、その捻じ曲がった性格もちょっとはマシになるかもよ。ここは『現実』だからまた上手くいかない事ばかりでしんどいかもしれないけどさ」
「本当に……好きな人。そうね……というか捻じ曲がったとか酷いわね!」
「当然の権利と勘違いして酷い事して、やった事に対する言い訳ばっかりして、酷い事をされた人に謝ろうともしないで、びっくりする程捻じ曲がってるじゃない」
「サイトーサン、あんた顔はいいけど性格めちゃくちゃ悪いわね!」
私が怒っても、サイトーサンは楽しそうに笑う。
サイトーサンと話して、心がだいぶ軽くなった気がした。
「もうちょっと色々考えてみる。ありがとう、サイトーサン。サイトーサンが居なかったら、私……取り返しがつかないどころじゃない事してたわ」
「どういたしまして。でも僕はトータルで10分、話を聞いてあげただけだよ。頑張ってね、シュミナちゃん。あっ、シュミナちゃんは気持ち悪い猫を被ってるよりもそうやって素で話してる方が素敵だと思うよ?」
「……余計なお世話!!」
サイトーサンは、軽く手を振りながら厨房の方へ戻って行く。
時計の針はとっくに5分を回っていて……もっとお礼を言えば良かったな、なんて思ってしまった。
今日は、怪我をさせてしまったあの子のお見舞いに行こう。そして、ちゃんと謝ろう。
エイデンともちゃんと向き合いたいけれど……。
エイデンとの事を改めて考えると、恐ろしいバッドエンドの可能性を失念していた事に思い至って背筋を冷たい汗が伝った。
隠しキャラはメインキャラより優先順位が低いから、メインキャラの好感度がエイデンを上回っている場合そちらのイベントが優先される……つまりメインキャラと好感度が高い場合はエイデンのバッドエンドも回避出来る。
……メインキャラの攻略を順調に進められると信じていた私は、エイデンのバッドエンドの事を全く考えていなかったのだ。
だけど私は現状、メインキャラの誰とも親しくない。そしてエイデンとはとても親しい……。
「だ……大丈夫よね……?」
サイトーサンが言ってたじゃん。ここは『現実』だから!へーきへーき!
ゲーム通りにはいかない……と笑い飛ばしたいけれど。
……エイデンに関しては『ゲーム通り』に事が進んでいる……いや、『ゲーム以上の進行度』な気が。
このまま行くともしかして、バッドエンド?
あれ……私、詰みそう?詰んでる?どうしよう……!