ミルカはサイトーサンに確認する(ミルカ視点)
「ね、サイトーサン。貴方シュミナ・パピヨンと何かお話した?」
私……ミルカは食堂の厨房で焼き物をしているサイトーサンに声をかけた。
いい匂いがするわね、何を作ってるんだろう。これは皮がパリパリに焼けた鶏肉の匂いかな……。
彼はトマトベースで作ったソースを、鶏肉の上に落とす。すると熱されたフライパンの上でソースが白い煙を立てながらじゅわっと良い音を奏でた。
執事のハウンドも当然私の後ろに控えているのだけれどサイトーサンの手元に興味津々だ。
いいなぁ、お腹が空いてきちゃう。
「シュミナちゃんと何か……? ああ、こないだ5分だけお話を聞いてあげたかな」
サイトーサンはそう言いながらお皿に出来上がった料理を盛り付け、私に『少し待って下さいね』と声をかけると、サイトーサンに明らかな好意を持っている女生徒が待つテーブルに料理を運びに行った。
そして『休憩に入りますね』と別の職員に言いながら私の方へと近づいて来る。
仕事の邪魔をしちゃったわね。申し訳ないわ。
先日……教科書を借りにメイカのクラスに行った時。
カーウェル公爵家子息、エイデンのお膝に乗せられたシュミナ・パピヨンを目撃した。
それだけならまぁいつもの事ね、でスルーするところだったのだけど……。
シュミナ・パピヨンを見た時に思い浮かんだ言葉が『シュミナ・パピヨンはサイトーサンのアドバイスを受けて色々考えているみたい。エイデンとはとても仲がいいけれどこのままじゃバッドエンド……?』という文言に変わっていたので思わず凝視してしまった。
……少し前までは彼女の事をいつ見ても『皆は私の事を好きになるの!! フィリップ王子、ノエル様、マクシミリアン、メイカ王子、――! 皆私を早く好きになって!』と思い浮かんでいたのに……。
だからサイトーサンがシュミナ・パピヨンに何を言ったのか……少し気になってしまったのだ。
「んーシュミナちゃんとした話……ね。ちょっとミルカ様には分かり辛い部分があると思うんだけど……。どこから説明すればいいのかなぁ」
サイトーサンは私の前に温かい珈琲を置いて、頬をかきつつ少し困った顔でそう言った。
彼が言うにはシュミナ・パピヨンには前世の記憶があって……彼女が前世でいた世界というのがサイトーサンが住んでいた異世界らしい。
というかサイトーサン、遠いところから来たと聞いていたけど貴方、異世界から来ていたの?
異世界からの渡来人は数十年に1度のペースで発見されると聞いた事があるし、彼の言う事は本当なのだろう。
……確かになんだかややこしい話ね……まぁ、彼らはこの世界に存在する経緯が違えど『同郷』という事なのだろう。
「というかサイトーサン。異世界人だって、なんで今まで話してくれなかったのよ!」
「僕、異世界からの渡来人がたまに現れるなんて予備知識なんて持ってませんでしたし……。頭がおかしいと思われるよりは遠いところから来たと言った方がいいと思ったんですよ」
私が少しむくれて言うと、サイトーサンは苦笑いをしつつそう返した。
「まぁ、それで同郷のよしみで少しだけアドバイスをさせて頂いたんです。彼女……この世界の事を『現実』として認識してなかったみたいなんで」
彼が言うにはシュミナ・パピヨンはこの世界の事を自分が主役の『劇』のようなものだと思い込んでいたらしい。
なのでその思い込みは違う、ここは『現実』だと……サイトーサンは諭したそうだ。
自分が主役と思い込んでいたから……あの態度だったのね。世界の主役と思い込めるなんて図々しい話である。
「……彼女、いい方向に向かうといいですね」
サイトーサンはそう言うと、珈琲のお替りを用意しますね、と席を立った。
気が付けば、私のカップは空になっていたのだ。……少し長居をし過ぎたかしら。
サイトーサンがシュミナ・パピヨンとどういう話をしたのかは、理解出来た。
後は……。
『エイデンとはとても仲がいいけれどこのままじゃバッドエンド……?』
この部分は……どうすれば、いいのかしらね。
今まで好き勝手をしてきた嫌な女だし……積極的に助けようなんて気は到底起こらない。
……だけど彼女が本当に心を入れ替えるなんて奇跡があれば……その時は考えようかな。
「まぁ、様子見かなぁ……」
サイトーサンが持って来てくれた珈琲のお替りを啜りながら、私は一人そう呟いた。