閑話11・執事は交戦する(マクシミリアン視点)
「マクシミリアン・セルバンデスだな」
お嬢様の日用品を買いに一人で街に出た時の事。
日の差さない薄暗い路地裏で私は十人程の男達に囲まれていた。
わざわざこんな路地裏に入ったのは男達の気配を感じたからだ……今から荒事が起きる事は容易に想像出来たし人目はない方がいい。
パラディスコ王国の爵位を得る為に議会に『犬』の話は当然しなければならない。
議会の外に『犬』の話は出さぬようにとパラディスコ王家から厳命が下されてはいるが、議会の参加者の中に他国のスパイや、金に目が眩んで情報をよからぬ所に流す者が居るかもしれない。
……そんな危惧は当然していた。
こいつらはそんな輩の手先なのだろう。面倒だな。
「……お前達に名乗る名が、あると思うのか?」
目を細めて男達を一瞥すると、彼らは私を囲む輪を摺り足で一歩狭めた。
男達の装備は一見軽装だがよく見るとマントの下にミスリルの胸当てを付けている。
全員が意匠が凝らされた鞘に収まった剣を佩剣しており、指には魔力増強の指輪……魔法騎士、というところか。
「――俺達と一緒に来て貰おうか」
リーダーらしき30代半ば程の男が、重々しく口を開いた。
男達の訛りは西の方のもの……ブルーナ帝国か、サリドラ王国か……。
どちらも他国との関係に緊張感が増していたり内乱の火種を抱えていたり……様々な事情で近頃軍備の増強に熱心な国だ。
「馬鹿なのか。行く理由が見当たらない」
私が小馬鹿にしたように言うと、男達は一斉に呪文の詠唱を始めた。
呪文が空気を震わせ、周囲に冷気が走る。
ああ、これは闇の上級魔法……魔力封じの魔法か。希少な闇の魔法師をよくこんな人数集めたものだな。
私の魔力を封じ無力化してから国に連れ去るつもりなのだろう。
彼らが詠唱する闇魔法の波動が私の体を包み魔力を抑え込もうと圧をかける。
足を踏みしめている地面が、ピシリ、と音を立てて亀裂を作った。
……馬鹿が。
「その程度の魔法に詠唱が必要なお前らが……千人居ても私を封じられると?」
「なっ……!」
空間を満たす魔力の圧……それは私が軽く指を動かすと、一瞬で空気に溶けて消えた。
続けて周囲の影から、ずるり、ずるりと音を立て、無数の獣達が這い出す。
それは膨れ上がり、融合し、不規則に形を変えながら数を増やし、たちまち男達を取り囲んだ。
「化け物がっ……!!」
男達の一人が腰から剣を抜き放ち、地面を蹴って私に迫って来る。
その男と私の間に『犬』が立ち塞がり、彼の進路を塞いだ。
男は一瞬躊躇したものの、剣を振り上げ『犬』に鋭い斬撃を放ち……。
斬撃ごと、大きく開いた『犬』の口に飲み込まれ――その姿を消した。
「うっ……うわぁああああああ!!!」
それを見て恐慌状態に陥った男達は統率を失い我先にと逃げようとするが、どんどん『犬』達に飲み込まれていく。
――飲み込んだ男達は『犬』に関する記憶を消し、丸裸にしてスラム街にでも吐き出させておこう。
命までは取らないのだ。私はとても優しい男だと思う。
「記憶を消さずに一人は残しておけ。ミルカ王女に突き出して議会の誰が裏切り者か確実に突き止めなければならないからな。それと……」
私は指を動かすと、数十匹の犬を影に溶かした。
「こいつらの匂いを追い、同じ匂いの者達の居場所を掴め。そしてその記憶を消してこい。目撃者が出ないよう、必ず一人の時を狙え。文書が残っているならそれも押さえろ」
犬達が匂いを追い離れて行く気配がする……そう時間が経たないうちに残党も首謀者も、残らず見つけて記憶を消してくれるだろう。
いつの間にか路地裏には静寂が訪れていた。あれだけ居た男達は地面に転がり震えるただ一人を残すのみだ。
地面に丸まりただ震える男の体を私は軽く足で蹴った。
男は衝撃に顔を上げ私の顔を見ると喉の奥から小さな悲鳴を上げる……怯えるその顔は集団のリーダーらしき男だった。
「さて、一緒に来て貰いましょうか?」
男に向けて、私は薄っすらと笑って見せた。
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「ごめんねぇ~マックス! なんでもするから、許して!」
ミルカ王女が両手を合わせ、眉を八の字に下げて私に謝罪する。
男達はブルーナ帝国の者で、議会に潜んでいた裏切り者も判明したらしい。
「……お詫びでしたらお嬢様に美味しい物でも贈ってあげて下さい」
……言った後に、お嬢様が最近体重を気にしていた事を思い出す。
いや、お嬢様は元が痩せすぎなのだ、少しくらい太っても大丈夫だ。
その方が抱き心地もふわふわとして気持ちいいしな……うん。
ああ……早く帰ってお嬢様を抱きしめたい……。
「はーしっかし恐ろしいね、マックスは。ブルーナ帝国の魔法騎士ってかなりの手練れのはずだよ? まぁ、マックスがいずれ私の懐刀になると思うとちょっと楽しみだけど!」
ミルカ王女は上機嫌で手を叩く。
あれが手練れだったのか……ブルーナ帝国もたかが知れているな。
お嬢様の寮の部屋に戻ると、お嬢様はソファーで読みかけの本を膝に置いたまま寝入っていた。
その可愛らしい寝顔を見ていると愛おしさが湧きあがり、横に座ってその小さな体をそっと抱きしめた。
お嬢様の体は……温かく、柔らかくて。抱きしめているとほっとする。
「愛しております、お嬢様」
私は囁いて、そっとお嬢様の頬に唇を落とした。