令嬢13歳・ベルリナ様とお話する
「ビアンカ嬢!!」
マクシミリアンと寮へ帰ろうとしていた道すがら……。
近頃聞きなれてしまった可愛いらしい高音ボイスが耳に入った。
振り向くまでもなく……ベルリナ様ね。
「ごきげんよう、ベルリナ様」
振り向いてにこりと微笑むとベルリナ様とお取り巻きさん達は綺麗に揃った動きで腕を組み、ふんっと鼻息を荒くしてわたくしを睨んだ。すごい連携だわ。
「ビアンカ嬢! 今日こそはあんたをギャフンと……」
「えっと……お話をするのでしたら、カフェテリアに行きません?」
「むむぅ……!」
シュミナ嬢と取り巻きさん達が絡んできていた頃に比べればストレスが少ないとはいえ、こう毎日だとわたくしも疲れてしまう。
一度ちゃんとお話をしないと……と思ってはいたのだ。
ガーデンパーティーでの王子との会話は楽団の演奏に紛れる程度の小声で交わしていたのだけれど……『愛してる』の部分は恐らくわざと、皆様に聞こえるようにおっしゃった。……本当になんて事をしてくれたの。
そのせいでベルリナ様に絡まれてるのよね、分かります。
他の婚約者候補や愛妾狙いのご令嬢にも時々絡まれるようになってしまったし……。
カフェテリアに着いたわたくしはマクシミリアンに注文をお願いするとベルリナ様の取り巻きさんを含む4人と席に着いた。
彼女達にめちゃくちゃ睨まれてる……なんだか圧迫面接みたいな状態ね。
「ビアンカ! 貴方はフィリップ王子には相応しくないの!!」
……『ビアンカ嬢』から『ビアンカ』にランクダウンしている。別にいいのだけど。
「自分自身でも不足していると思っておりますわ。もっと……ベルリナ様のような他に相応しい方がいらっしゃるんじゃないかと……」
「そっ……そぉお? そうよねぇ!! 貴女意外と分かってるじゃない!! じゃあ婚約者候補を辞退しなさいよ」
『辞退』……出来るならとっくの昔にしてるのよね……。
そもそも王家から受けた要請は『婚約者』だったのだ。
それを『婚約者候補』にまでランクダウンさせられたのは一重に父様のお力添えがあったからだ。
王家に妥協をさせた結果の『婚約者候補』を、『婚約者が決まった』『体に大きな傷が出来た』等の正当な理由も無しに『辞退』出来るのなら最初からお話自体をお断りしている。
学園に入学するまでは王子とシュミナ嬢がくっ付いて円満解消出来るかも、なんて目算もあったのだけど……物事はそうそう上手くはいかない。
先日二年と少しわたくしが王子に靡かず過ごせば『婚約者』関係の縛りは解消される事にはなったけれど……なんともベルリナ様に説明し辛い話ではある。下手に説明すれば王子の面子を潰してしまうし……。
マクシミリアンが注文した品を静かにテーブルに並べていく。
流麗な仕草で卓の準備をする彼に、取り巻きさん達はうっとりと目を奪われている。
マクシミリアンがその視線に気付いてにこり、と微笑むと取り巻きさん達の顔は一気に茹で上がった。
この場の空気を和ませたいのか珍しくサービスがいいわね、マクシミリアン。
「……わたくしの側からの辞退は王家への礼を失してしまいますので……。難しいのです」
わたくしが深い溜め息を吐くと、ベルリナ様は目を丸くする。
「……ねぇ、ビアンカ。貴女、本心から王子の婚約者候補を辞退したがっているように見えるのだけど。フィリップ王子の何が不満なの? あんなに完璧な方に愛されていて婚約者にならない貴女の気持ちが分からないわ」
ベルリナ様は握り拳を固めて顔を真っ赤にしながらわたくしに詰め寄る。
……ベルリナ様は、本当にフィリップ王子が好きなんだなぁ……。
「不満だなんて恐れ多いですわ。わたくしの側の問題なのです。王妃になるのは……その……」
わたくしは南国でスローライフがしたいのです、という言葉は喉の奥に飲み込む。
王子との駆け落ちも、マクシミリアンへの気持ちに気付いてしまったので無理である。
いや、マクシミリアンへの気持ち以前に王太子との駆け落ちなんて波乱万丈は遠慮したい。
何はともあれ、わたくしは婚約者になりたくないという意志はベルリア様に伝わったようなのでこれで少しでも敵視するのを止めてくれないかしら……。
「……貴女、自分に自信を持った方がいいわ。愛してくれているフィリップ王子にも失礼よ」
ベルリナ様が真剣な目でわたくしの手にそっと自分の手を重ねて何故か励ましてくれる。
わたくしが自分に自信がないから、王妃になるのを拒んでいると解釈されたのかな……。
ベルリナ様は恋に眩んでいるから突っかかってくるだけで、根っこの部分はいい子なんだろうなぁ……。
取り巻きさん達がいない時に『実は想い人がいる』程度の事はベルリナ様にはお話してしまって、共同戦線の打診をしようかしら。
「ビアンカー!!」
その時、首に腕が巻き付いて柔らいものが背中に当たった。
こ……この感触は……ミルカ王女!!
相変わらずいいものを持っていらっしゃる……羨ましい。心底羨ましい。
「ビアンカもお茶してるの?? 私とサイトーサンも混じっていい??」
ミルカ王女は首に腕を巻き付けたまま至近距離でわたくしを覗き込みながら言う。
瞳がキラキラと輝いていて満面の笑顔がとても愛らしい。
可愛らしいなぁ、と見ていると嬉しそうに額同士をくっ付けられてぐりぐりされた。
相変わらずのスキンシップ過剰さんめ! 可愛いわ!
ユウ君はミルカ王女の隣でニコニコと笑っている。
「ど……どなたなの?」
令嬢らしからぬミルカ王女の登場にベルリナ様と取り巻きの方々は困惑しきりという顔をしている。
「パラディスコ王国のミルカ王女とサイトーサン伯爵ですわ」
「……えっ……食堂のお兄さんじゃないの……?」
二人を紹介すると取り巻きさんの一人から困惑の声が上がる。
そうよね、食堂に他国の伯爵が居るなんて誰も思わないわよね。
「サイトーサンです、宜しくお願いします」
「ミルカよ、宜しくね!」
言いながら二人は空いている席に座る。
ユウ君の登場に取り巻きさん達は明らかにソワソワしている。
……ユウ君かっこいいからなぁ……うん。
「えへへ、皆何の話してたの?」
ミルカ王女が訊ねると皆様は少し気まずそうに目を逸らす……。
『王子に相応しくないと糾弾してました』とは言えないわよね……何故か途中からはベルリナ様に励まされていたけど。
「わたくしが不甲斐ないので、ベルリナ様が励まして下さっていたのですわ」
「……ビアンカ……!」
わたくしがそう言うとベルリナ様が目を瞠る。うん、事実ですしね。
「あら、そうなの。可愛くて素敵なお友達が増えたのね」
「ええ、ベルリナ様はとても良い方です」
これは掛け値なしに本音である。
「……ふ、ふん。私は別に、そんなつもりじゃ……!」
ベルリナ様は真っ赤になって目を泳がせる。ツンデレさんか、ツンデレさんなのか。
ミルカ王女は少しベルリナ様の方を目を細めて見ると『なるほど』と小さく呟いて頷いた。
……何が『なるほど』なんだろう……?
「わ……私もう、帰るわ! 貴女に付き合っている暇はないの! ビアンカ、次に会う時はもっとしゃきっとしていなさいよ!」
ベルリナ様が席を立つと取り巻きさん達も慌てて立ち上がる。
そして彼女達は、バタバタと足音を響かせて去って行った。
……ベルリナ様と、友達になりたいなぁ。
「可愛いのに絡まれてるのね。大丈夫?」
ミルカ王女が悪戯っぽく笑う。
そんな気はしていたけどわたくしが困っていたら助けてくれるつもりで来てくれたんだろうなぁ。
「彼女は……大丈夫です」
「そうね、うん。あの子は可愛いわ」
わたくしが言うとミルカ王女も楽しそうに答える。同じご意見みたいね!