令嬢13歳・天高く令嬢肥ゆる秋
イチャイチャ回なのです(*´ω`*)
「やばい……」
わたくしは、寮の自室で自分のお腹を揉んでいた。
……確実に、太った。
食堂のユウ君のご飯が美味しいのと、日々のあれこれのストレスで……明らかに食べ過ぎてしまった。
最近シュミナ嬢が絡んでこないのでその分のストレスは無いのだけど……逆に大丈夫なのかしら、シュミナ嬢。
「どうされました? お嬢様」
「ひゃあっ!」
マクシミリアンに覗き込まれて思わず悲鳴を上げてしまう。
お腹を揉んでいるところを見られるなんて、恥ずかしい。
「ふ……太ったの……!!」
「お嬢様……!」
小さな声でわたくしが言うとマクシミリアンが腕をそっと差し出すのでその中に収まる。
彼はわたくしを抱きしめ、抱き心地を確認しながらしばらく沈黙すると……。
「確かに……以前よりふわふわですね」
と沈痛な面持ちで言った。
「や……やっぱり!? どうしよう!!」
「私は丸いお嬢様も可愛いと思いますが。いえ、お嬢様なら正直何でもいいです」
「ダメよ! 太ると海で沈まなくなっちゃう! 素潜り漁が上手に出来なくなるわ!!」
南国に移住したら沢山漁をしたいのに……!
というかマクシミリアン、お嬢様なら何でもいいって……ある意味括りがすごく雑よ!?
「どうすればいいと思う? マクシミリアン。令嬢でも出来る運動って無いかしら。ノエル様の家の騎士訓練に混ぜて貰おうかなぁ……」
わたくしがそう言うとマクシミリアンはあからさまに嫌そうな顔をする。
「あそこの訓練はその……正騎士の訓練と比べても格段にハードなので絶対に止めて下さい。死にます」
そういえばマクシミリアンはノエル様の訓練をちょこちょこと見学に行っているのだった。
ダウストリア家の訓練はそんなにハードなのね……。
「では……そうですね。部活に参加されては、いかがでしょう?」
「部活……!!」
それは、盲点だった。
貴族の学校なので数少ないとはいえ、この学校には部活が存在しているのだ。
「ダンス部が良いのではないですか。運動ではありませんが痩せると聞きますし合唱部も……」
「却下! わたくしのリズム感の無さ、マクシミリアンも知っているでしょう?」
そう……わたくしには致命的にリズム感が無い。
マクシミリアンをダンスレッスンに付き合わせ……その、よく足を踏んでいた。
合唱も絶対にリズム感が無いゆえに人に迷惑をかける。
「ですが他にご令嬢でも参加が出来て痩せそうな部は……ございませんね」
「前世と違って女性が出来る運動が自体が少ないものね……」
わたくしは溜め息を吐く。部屋で踏み台昇降をするしかないのかしら。
「では、時々街歩きでもしませんか? 出歩く事自体が、お嬢様は少ないですし。それだけでもだいぶ違うのではないかと……」
「それってマクシミリアンと? デートって事?」
「デートでございますね」
「嬉しい! 大好きよ、マクシミリアン!」
マクシミリアンに『デート』だと言われて思わずテンションが上がってしまう。
彼に抱きついてその胸に頬ずりすると、優しく頭を撫でられた。
わぁ、どこに行こう! 食べ物屋さんは当然ダメだし、お洋服のオーダーに行くのも……ダメね、太っている時に作るのは。……選択肢が限られるわね。
「学園から少し離れたところに大きな公園があるのですが。そこでは今コスモスが見頃だそうですよ。池もあるのでボートにも乗れるそうです」
「素敵ね! そこにしましょう! あのね、手を繋いで歩きたいの。それでね、ボートも乗りたい! あとねあとね……」
公園デートなんて青春っぽくて素敵だわ!
前世で出来なかった彼氏とやりたかった事をここぞとばかりにマクシミリアンにお願いする。
マクシミリアンは、はしゃぐわたくしを嬉しそうに見つめながら『分かりました、お嬢様』と頷いてくれた。
そして週末。わたくしはマクシミリアンとその公園に来ていた。
園内は木々が黄色や赤に色付いており、秋めいた雰囲気を醸し出している。
……あっ銀杏落ちてる。
「マクシミリアン、銀杏だわ!」
「お……お嬢様! そんなものを拾うのはお止め下さい!」
「……美味しいのに」
「た……食べる!? こんなに臭いものをですか!?」
こちらには銀杏を食べる習慣がないみたい。
ユウ君に持って帰ったら茶碗蒸しとか作ってくれそうなのに……うう、勿体ない。
マクシミリアンに全力で止められたので、わたくしは銀杏を拾うのを渋々諦めた……今日のところは。
……今度ユウ君とこっそり拾いに来ようかな。でもバレたら怒られるかな。うう、銀杏……。
「ほら、お嬢様。いつまでもむくれていないで……。手を繋いで歩くのでしょう?」
マクシミリアンにそう言われて気持ちが回復する。そうよ、今日はデートなのよ!
「えへへ、じゃあ失礼します……!」
差し出された手に自分の手を重ねて、恋人繋ぎにしてみた。
隙間なくぎゅっと手が繋げて、なんだかとても安心する。
「この繋ぎ方ね、前世では恋人繋ぎって呼ばれてたの!こちらでも同じ名前なのかしら?」
「いいえ、名称は無かったような……恋人……いいですね」
わたくしがそう言うと彼は少し照れたように……でもとても嬉しそうに笑った。
マクシミリアンの手はごつごつしていて、大きくて……男の人の手なんだなぁとしみじみ思ってしまう。
「……お嬢様の手は、小さいですね」
マクシミリアンも同じような事を考えていたようで、ぽつりとそう言われた。
手を繋いだまま公園をのんびりと歩く。
空は青く澄んでいて、気候も良くとても気持ちがいい日だ。
公園には沢山の人が居て、チラチラとマクシミリアンに視線をやり頬を染める女性も数多くいる。
マクシミリアンは、モテるのだ。……学園でも令嬢や他の家の使用人に恋文を頂いてるみたいだし。
……わたくし、恋文なんて貰った事ないわね。
「マクシミリアンは、学園で恋文を頂いているじゃない?」
「はい。まぁ……」
わたくしがそう口にするとマクシミリアンは少し気まずそうな顔をする。
……別に責めたい訳じゃないのよ?
「わたくしね、貰った事が無いの。マクシミリアンやフィリップ様にしか需要が無いようだし……ニッチな令嬢なのかしら……」
「ニッチ……!?」
「……嫌だわ、マニア向け令嬢なんて……」
マニア向け令嬢って、本当に嫌な響きね……。
不幸になる予感しかしないわ。
「お嬢様への恋文はその……。渡そうとする輩を私や王子が牽制しているので。これから先も届かないかと」
マクシミリアンの言葉にわたくしは目を丸くする。
……そんな事をされていたとは。ひとまずマニア向け令嬢じゃない事が分かって良かったわ。
「お嬢様は、他の男性に好意を抱かれたいのですか?」
ぎゅうっと手を強く握られ、低い声で剣呑な視線を向けられてそう問われた。
焼き餅? 可愛いわマクシミリアン。でも手がすごく痛いしお顔も怖い!
「ううん。モテるのって面倒事も付きものだし、恋文には憧れるけどマクシミリアンだけにモテればいいわ」
モテても上手にあしらったりシュミナ嬢のように取り巻きを作ったりのような器用な事は出来ないから、多分困り果てて疲れるだけだ……うん。あくまで物語の中のシチュエーションとして『モテっていいなぁ』『ラブレターっていいなぁ』って思うだけ。
「恋文なら……私が書きます」
彼の言葉に心臓がどきりと跳ねた。
マクシミリアンから、貰えるの? 嬉しい、嬉しすぎる。
「本当? 約束よ?」
「お嬢様が望むだけ、書きますよ」
「……嬉しい……! 一生貴方の恋文しか貰わないわ、マクシミリアン。大好きよ」
わたくしがそう言うとマクシミリアンは頬を赤く染めて、空いた方の手でわたくしの頬に手を添えた。
……先程までの健全な空気が、何かいかがわしいピンクな空気に変わった気がするわ。どうして!!
「お嬢様……今日はお可愛らしい事ばかりおっしゃって。私を誘っていらっしゃるんですか? 唇にキスしても……?」
「ダメ!! ここは往来よ!!」
「……往来じゃなければ、いいのですね?」
そう言われぐいぐいと手を引っ張られて、木陰に引きずり込まれてしまう。
だ……誰か! 執事が、執事がいかがわしいです!!!
「宜しいですか? お嬢様……」
「……もう、好きにして」
わたくしがそう呟くと、マクシミリアンの綺麗な顔が近付いて来て、柔らかい唇がわたくしの唇に重なった。
……ファーストキスだ……なんて感慨に耽る暇もなく続けざまに沢山キスをされてしまって……わたくしはへろへろになってしまう。
好きにして、なんて言わなきゃ良かった……!!
マクシミリアンはとても満足そうで、非常にご機嫌だ。
「マクシミリアンの馬鹿。あんなに沢山するなんて聞いてない」
「慣れていないお嬢様が、とても可愛らしかったです。ごちそうさまでした」
「!! 慣れてなくて当たり前でしょう!? 前世今世含めて初めてなんだから!!」
「……お嬢様、もう一度しても?」
また唇が降ってきたので流石に避けてマクシミリアンを睨むと彼は楽しそうに笑う。
「ほら、お嬢様。ご機嫌を直して下さい? コスモス畑の方に行きましょう?」
「……そうね。それが目的だったのだわ……」
なんだかもう疲れてしまって、体から力が抜け落ちそうなのだけど……。
それを言うとマクシミリアンが嬉々として抱えて歩きそうなので頑張って足を踏ん張る。
……生まれたての小鹿みたいになってるわ……。
その日はまたキスをされそうになり走って逃げて転んだり、はしゃぎすぎてボートから落ちそうになったり……色々散々だったけれど。
でもいい運動にはなった気がするわ……。