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多分脱・我儘令嬢をしたわたくしは、畑を作る

土を…いじりたい…。



わたくしは、読んでいた本をぱたりと閉じお行儀悪く長椅子に身を横たえた。

読んでいた本のタイトルは、

『温暖な環境下で育ちやすい野菜』

『魔法で出来る!漁業のススメ』。

なかなかの良書である。


邸の図書室は本を傷めないようにカーテンを閉め切った、昼間でも薄暗い空間だ。

この世界では、本は高価なものだ。

その高価な本達が父様の財力と権威を示すかのように書架に数千冊の単位で並んでいる。

外界から切り離されたような閑としたこの図書室の空気が、わたくしは嫌いではない。


本を読み、知識を蓄えるのは楽しい。

だけどやはり実践がしたいのだ!

技術の習熟度は実戦でしか上がらないのだ!


そう思いながらゴロンゴロンを長椅子でローリングしている所を、紅茶を持ってきたマクシミリアンに発見された。恥ずかしい。


(ジムに…お願いしてみようかな)


庭師のジムとは最近仲がいい。

豊かなお鬚のジムは庭園の手入れをする彼の後ろをくっついて花の名を聞くわたくしを、孫を見るような優しい目で邪険にせずに見守ってくれる。

彼のお陰で花の名前を沢山覚えた。


畑を作る事は、父様とお兄様には知られてはいけない。

畑を作る理由を聞かれて、

『未来の国外追放(もしくは駆け落ち)に備えて農業スキルを習熟させたい』

なんて馬鹿正直に話すつもりも無いが、

『本を読んで興味を持ったの』

と当たり障りない言い訳をしたとしても、

『白魚の手に傷がつく!』

『天使が日に焼けるなんて!』

と2人が猛反対するのが目に見えている。

そもそも、身分の高い令嬢が土をいじる事は非常識だ。

その時点で父兄に賛成して貰える要素がない。

ならば、隠し通した方が良いのだ。


(マクシミリアンも反対するかしら?)


彼の反応はいまいち想像がつかない。

わたくしに付き従っている彼には、十中八九いずれバレる。

彼は畑を作ってしまった後…もう引き返せない状態まで持って行った後に報告したら、仕方ないと言ってくれる気がするのよね。

なんだかんだでわたくしに甘いから。

我ながら既成事実を作る男のような言い様だなって思うけど…。


ジムに相談しよう、とわたくしは決めた。


「畑をですか、お嬢様」


糸のような目を驚いたように少し開いて、ジムが言った。


「お願い!本を読んでどうしても自分で植物を育てたくなりましたの。庭園の隅っこの、目立たない所に少しだけでいいの!父様もお兄様も反対するだろうし…ジムにしか頼めないの」


必死に頼み込むとジムはしばらく悩むように顎髭を撫でていたが…。


「分かりました」


そう言って、庭の隅っこにある、日当たりの良い2メートル×2メートルくらいの広さの場所を提案してくれた。


「こちらでいかがですか?」


髭の下の唇が、笑みを描いたのが分かる。

雇い主である父様に内緒のお願いなんて、本当は聞き入れたくないだろうに。

優しい人だ。


「万が一…父様にこの畑が見つかったらジムが怒られちゃうわね。…でも、わたくしがちゃんと父様からジムを守るわ!」


わたくしがそう言って拳を握りしめると、


「ならば儂は安全だ」


とジムは快活に笑った。


毎週金月の日(日本的に言うと金曜日ね)は、マクシミリアンは父様の執務の手伝いがあり、わたくしから離れている時間が長い。

お兄様も家庭教師との時間を長めに取っている日だ。

つまり、金月の日のわたくしはほぼフリー!!

だから金月の日はわたくしが畑の世話をする日、という事に決まった。

他の日はジムがお花の手入れついでに畑の世話をする事を提案してくれた。

ちょこちょこ抜け出して手入れする気満々だったわたくしは最初は断ったのだけど、お嬢様が頻繁に出入りすると旦那様にバレてしまいます、と言う言葉で諦めた。


畑作業の事は身の回りの世話をしてくれているメイドのジョアンナには話した。

どろんこになって帰ってくる事が続くと結局バレてしまうと思ったのだ。

ジョアンナは水色の髪を揺らして、


「お嬢様の共犯ですね!」


と、なんだかとても嬉しそう。

動きやすい畑作業用のワンピースも、ジョアンナが用意してくれた。


次の金月の日。

わたくしはジムが用意してくれた土地に鍬を入れ、出て来た石などの邪魔なものを丁寧に避けて行った。

掘って。腰を曲げて。石をどけて。ひたすらその繰り返し。

この作業だけで小さいこの体なので、かなりの時間を要しそう。

今日この作業は終わらせたい…けど無理かなぁ。

高く上った太陽が容赦なく照り付ける。

ジョアンナから貰ったタオルを頭からかけ更につば広の帽子を被って日に焼けないように気を付けているけれど、これは焼けてしまうかもしれない。

白い肌に玉のような汗が噴き出し、額から顔に流れる。

それをタオルで拭うと、息を吐いて腰を後ろにぐ~っと伸ばした。

前世でいつも感じていた心地よい疲労に、辛さよりも安心感を覚える。

思った通り、作業はその日だけでは終わらなかった。


その次の週の金月の日。

朝から2時間くらい悪戦苦闘して先週の残りの土地を拓く作業をようやく終えた。


(手が加わってない区画だから…土地の酸性度が上がっているはずよね…)


土をアルカリ性に傾ける為に、ジムに用意して貰った苦土石灰を巻き、土に混ぜ込むように更に土地を耕す。

わっせわっせと無心で作業をしていると気が付けばお昼も近い。


(お腹空いたな…)


なんて事を考えていたらジョアンナがサンドイッチと冷たい果実水を持ってきてくれた。

なんて気の利く優しい子なの!

貰ったサンドイッチは木陰のある地べたに布を広げてジムとジョアンナと三人で食べた。ピクニックみたいで楽しいわ。

お昼を過ぎた頃には納得が行くまで土地を耕せた。後はこのまま一週間。土が馴染むまで寝かせるのだ。


更にその次の週の金月の日には。

ジムから分けて貰った、たい肥と灰を混ぜたものを撒いて寝かせた土と混ぜる作業をした。

出来た土を握りしめると、ほろほろと手の中で崩れる柔らかくて良い触り心地だ。まずまず、合格点かな。

畝を作り終わった時に、庭園の手入れが一段落ついたジムがひょいと様子を見に来た。


「本を読んだだけでここまで出来るとは…。

お嬢様は畑作りの天賦の才に恵まれているのか…?」


土の状態等を確認しながらジムが感嘆の声を漏らした。

天賦の才ではなく経験者ですとは言えず、本がいい本だったのね、と口を濁した。


畑にはトマトとアスパラガスを植えた。

虫よけにハーブも欲しいわ、と呟いたらジムが次にバジルの種を持ってきてくれる事を約束してくれた。

この世界にしかないものも、そのうち植えよう。

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