令嬢13歳・作戦タイムとベルリナ様
パーティーからの帰宅後。
ジュースで汚れたドレスを見て、ジョアンナに予想通り泣かれてしまった。
涙目で『あんなに素敵なお嬢様が、少しの時間しかお披露目出来なかったんですねぇ……』なんて呟いていて、本当に申し訳ない気持ちになってしまう……。
そんなジョアンナを慰め、使用人寮に帰してからマクシミリアンとの作戦タイムは始まった。
「……わたくしこれから二年と少し……フィリップ様に全力で口説かれ続けるのね……。お腹が痛いわ、マクシミリアン……」
「今すぐ駆け落ちをして『犬』を使って追手を振り払いながら逃げる事も可能ですが。一個師団レベルまでなら確実に打ち払う事が出来るかと」
マクシミリアンが厳しい顔でそう言う。
……わたくしの捜索に一個師団が投入される事は流石に無いと思うけど。
……そ……それにそれって……。
「王家の追手を倒しながら逃げるなんて……国際指名手配犯に、なりそう」
「なるでしょうね。少なくない命を奪う事になるでしょうし……色々な国にこの力の事がバレてそちらからの追手もかかるかもしれませんね。いっそそちらに擦り寄って亡命する、なんて手もございますが」
「なんだか戦争の火蓋が切って落とされそうなんだけど……!」
あっさりと言うマクシミリアンの言葉を聞いてわたくしは頭を抱えた。
……面倒事が、多すぎる!
そんな事になったら流石のシュラット侯爵家もお取り潰しよ!! 立つ鳥跡を濁しすぎるのは、嫌だ。
困った様子のわたくしを見てマクシミリアンが吹き出した。……貴方、からかったのね!
「まぁ、これは勿論冗談ですよ。お嬢様が、卒業まで殿下に気持ちを傾けなければいいのではありませんか? ……信じて宜しいのですよね?」
「そ……それは大丈夫なのだけど!!」
わたくしが『大丈夫』と言うとマクシミリアンはふわりと嬉しそうに笑う。
うう……可愛い……好き。
「これからもパートナーのお誘いを断れない事があるだろうし。衆目の中、口説かれる事が増えると思うと……ちょっと憂鬱よね。ベルリナ様にもまた絡まれるだろうし……」
「……面倒な事を……。あのクソ王子」
マクシミリアン、不敬、不敬ですよ……。
「マクシミリアンが言っていた『進めている事』は……どうなるの? 王子の行動で何か支障が出たりなんてしない……?」
わたくしがじっと見つめるとマクシミリアンは溜め息を吐いた。
「……実は今……パラディスコ王国の侯爵位を頂く準備中でして。ミルカ王女に聞いたところどの領地を与えるかで議会が少し揉めているようなのできちんと決まってからお知らせしたかったのですが……」
「パラディスコの、侯爵位!?」
わたくしは目を丸くする。
侯爵位って……どの国でも世襲制で簡単に与えられる事は無い爵位……というかぽっと出が与えられる機会なんて皆無の爵位だ。それをマクシミリアンに与える為に議会が動いている……?
わたくしはそこで、ピンときてしまった。
「『犬』ね……」
「……はい」
「ああ、馬鹿ね。せっかく今まで秘密にして生きていたのに……!!」
「子爵位程度でしたら『犬』の事を秘匿していても魔法師としての実力で得られたとは思うのですが時間もかかったでしょうし……。もっと高い地位が無ければ、シュラット侯爵は納得しないと思ったので。『犬』の事を利用するのが手っ取り早かったのです」
彼は『犬』は万単位で生み出せ影さえあればどこにでも送り込む事が出来ると言っていた……それを交渉材料にすれば、どこの国でも高位の爵位を得る事なんて簡単だ。
彼の存在は一騎当千以上……いや、一騎当万以上なのかしら?
でも自分が今まで秘匿していた『力』を餌にして爵位を手に入れようとするなんて……。
マクシミリアンの身に、危険はないのかしら。
「貴方の身に、危険はないの? パラディスコの議会から外に漏れる可能性は?」
「そこはミルカ王女を……信用するしかないですね。まぁでもいざとなれば自分の身は自分で守れますので」
それは……そうなのかもしれないけれど。
「わたくしの為に……ごめんなさい」
「お嬢様の為だから、いいのです」
マクシミリアンの唇が、頬に落ちる。その感触にわたくしはうっとりと目を閉じた。
「それにしても、リーベッヘじゃなくてパラディスコなのね。もしかして、それもわたくしの為?」
「パラディスコはお嬢様の憧れの国なのでしょう? お嬢様が喜ぶ国が1番です。……それにリーベッヘは嫌です。フィリップ王子の為に生涯この力を使うなんてご免です。他国も考えたのですが……パラディスコのように政情が緩くはないので面倒事も多そうですし。色々な意味でパラディスコが丁度良かったのです」
……確かに、領土拡大に血気盛んな国に移住なんてしたら、軍事利用でマクシミリアンが引っ張り回されそうだ。それは嫌ね……。
そしてマクシミリアンのフィリップ王子嫌いが加速している……仕方ないのだけど。うん。
「……あの王子のせいで、爵位を得ても婚約出来るのはお嬢様の卒業後になってしまいましたが。面倒な……」
「そういえば父様に卒業まで婚約者を作らないように打診をするとおっしゃってたわね……」
「ひとまず、将来婚約を申し込みますというご報告だけは……シュラット侯爵にしに行きますか。爵位と土地が確定してからになりますが」
これって駆け落ちというか……普通に結婚しての移住ね!
確かに、王子の婚約者を蹴るという部分以外は円満に事が進む方法だ。
卒業後……マクシミリアンが旦那様になってパラディスコで暮らすんだ……!
思わず顔がにやけてしまう。
メイカ王子が以前パラディスコの貴族は畑に立つ人も多いと言っていたし、わたくしも存分に畑を耕せる訳で……!
素敵、素敵ねマクシミリアン!
「ひとまず、卒業までは今まで通りに過ごすしかないのね」
「……そういう事ですね。お嬢様、王子にほだされないで残りの期間をお過ごし下さいませ?」
マクシミリアンに怖い顔で言われて、わたくしは何度も頷いた。
翌日、教室に着くと。
「遅いわよ、ビアンカ嬢!」
何故か取り巻きの令嬢三人を連れて仁王立ちのベルリナ様が教室の扉の前に立っていた。
今日も可愛い縦ロールですね。そしてちっちゃい。
ゾフィー様とタメを張るくらいちっちゃいんじゃないかしら。
二人並べて窓際に飾りたいわね……なんてそんな現実逃避をしてしまう。
「えっと。ごきげんよう、ベルリナ様。本日もいいお日柄ですわね」
……と言ってみたものの、外は曇天だ。
うう……面倒だなぁ。もうすぐ授業も始まるのに。
マクシミリアンもげんなりとした顔をしているけれど、当然公爵家令嬢に何か言うのは憚られる。
「ビアンカ嬢。揉め事ー?」
ふわふわした空気を纏ったノエル様が教室の前で絡まれているわたくしに気付いて近づいてくる。
た……助かる……! ノエル様が神様に見えます!
「あら、フィリップ王子のご友人のノエルさんじゃない。フィリップ王子に近づく身の程知らずに、このベルリナが一言申し上げようと思っただけよ!」
悪役令嬢みたいな台詞を吐くベルリナ様だけど、正直お人形みたいに可愛すぎて怖くない。
台詞を言い終えて満足そうに、ふふん! と胸を張ると薄い金色の縦ロールが可愛くふるりと揺れる。
……なでなでしたいなぁ。
「えっと。どっちかというと……フィリップ様がビアンカ嬢に近づいてるんだよ? ベルリナ様」
「なっ……!!」
「ビアンカ嬢から近づいてる訳じゃないし、ビアンカ嬢に言ってもどうしようもないんじゃないかなぁ。二人の距離を離したいならフィリップ様に、『ビアンカ嬢に近づかないで』って言った方がいいと思うよ?」
「うう……!!! 伯爵家の分際で……!!」
「俺がフィリップ様に伝言、伝えておこうか?」
「そっ……それは困るわ!!」
ノエル様の言葉にベルリナ様は怒りでぷるぷると震えたり、青くなったりしている。
わたくしを蹴落とそうとしている事がフィリップ王子に、しかも親友のノエル様伝手で伝わるなんて心証が悪いにも程があるものね。
……蹴落として頂けるなら、蹴落として下さった方がいいのだけど。
「おっ……覚えてなさいよ!!!」
そう捨て台詞を残してベルリナ様達は去って行く。
シュミナ嬢の陰湿なやり方になれているわたくしには、手ぬるく見えるというか……。
とても可愛らしいわね、面倒だけれど。
「カウニッツ公爵家はシュラット侯爵家に借財があった気がするのですが……忘れているのですかね」
見送りならがマクシミリアンがとんでもない事を呟く。
知らなかったわ……そんな事。
「そうなの……?」
「先日カウニッツ公爵家のご領地が大規模な豪雨の被害に遭いまして。その立て直しの資金の貸し出しをシュラット侯爵が申し出たはずなのですが……。縁もゆかりもございませんし、窮状を見かねて完全なる善意で」
「父様……かっこいいわ……!」
クールな見た目も、そういう人助けをスマートにやる男気が溢れるところも本当に素敵!
父様のかっこよさに思わず目がハートになってしまう。
「まぁ……別に言わなくても、いい事だと思いますわ。聞いたら顔を真っ赤にして泣いちゃいそうですし」
「……あのピンク頭と比べたら、所業も可愛いものですしね」
「そうだね、うん。ピンク頭と比べたら」
わたくし達三人は、深く頷きあった。
ピンク頭……ことシュミナ嬢は最近全く絡んでこないので平和なんだけどね。
昨日のパーティーでも大人しかったし……ユウ君のお陰だわ。
彼女がここが『現実』だと認識し少しずつでもこの世界でのあり方を自分で考え『更生』するのならわたくしには喜ばしい事なのだけど。
シュミナ嬢の『更生』を望まないエイデン様の心中がちょっと恐ろしい事になる気もする。
……彼女がいつの間にか監禁されて学園に来てません、みたいな事にならないか普通に心配だわ……。