令嬢13歳・ベルリナ様とシュミナ嬢と
汚れたドレスを眺めているとベルリナ様と……あら、取り巻きさん達もいらっしゃるのね……がくすくすと笑いながらわたくしの反応を伺っている。
「ごきげんよう、ベルリナ・カウニッツ様。わたくし気にしておりませんの。着替えなければなりませんし、これで失礼しますわ」
わたくしはそう言ってベルリナ様ににっこりと笑うとそそくさと立ち去ろうとした。
ミルカ王女にも会いたかったけれど、このドレスではもう帰るしかないわね。
ジョアンナが見たら泣きそうだわ……あの子このドレスを頑張って選んでくれたのに。
ただ帰るタイミングとしては王子の事もあったし丁度いいといえば丁度良かったのかもしれない。
「待ちなさいよ! 貴女他に言う事は無いの!」
わたくしの腕を掴んで、ベルリナ様が叫ぶ。ぷっくりと頬を膨らませてご立腹のご様子だ。
なんだろう……やってる事は虐めなのにこの子、小動物みたいで可愛いわね。
フィリップ王子の婚約者になりたいのだろうけど……出来ればフィリップ王子を振り向かせる方向性で頑張って頂きたい。
「他に……と言われましても。公爵家のベルリナ様にお時間を取らせるなんて失礼な事、わたくし出来ませんわ」
わたくしがそう言うとベルリナ様は何故か顔を真っ赤にした。
「う……! 侯爵家の分際でうちよりも王都で幅をきかせてるからって、馬鹿にして!」
別に馬鹿にしていないのだけれど……。
それにシュラット侯爵家が幅をきかせているのは父様が有能だから……仕方ありませんわよね?
父様無しではこの国、回らないところが多々ございますもの。
ふふふ、父様ってば素敵ね!なんて思ってしまうわたくしはファザコンです、はい。
「馬鹿になんてしておりませんけれど……。お気に障ったのでしたら申し訳ありませんわ」
わたくしがあくまで低姿勢を貫くとベルリナ様と取り巻きさん達は感情のぶつけどころが分からないのか少し呻いてわたくしを睨んだ。
正直、早く部屋に帰りたい。そしてマクシミリアンと作戦ターイム! したいのだ。
「ビアンカ様が悪役令嬢っぽいのに絡まれてる……??」
そんな聞き覚えのある声が聞こえたので後ろを振り返ると、エイデン様連れのシュミナ嬢が居た。
また面倒事があちらから……!!
エイデン様はわたくしを見るとすっとオレンジ色の目を細める……うう、なんだか怖い。
「や、ビアンカ嬢。お話するのは初めてかな? エイデン・カーウェルだよ。パーティーは楽しんでる?」
エイデン様がにっこりと微笑みながらこちらへ歩み寄ってきたのでわたくしはカーテシーをした。
後ろからは様子を伺うようにシュミナ嬢も付いて来る……。
どうして貴方方まで来るの……何なのこのアウェイ感。
「ごきげんよう。エイデン様、シュミナ嬢。いい夜ですわね。ですけどわたくし、もう帰りますの。またいずれゆっくりお話しましょう?」
わたくしはエイデン様に、にこやかに挨拶をしてからその場を去ろうとするのだけれど、
「待ちなさいと言っているでしょう!! それにエイデン様、どうして私よりも先にビアンカ嬢に挨拶するのよ!!」
と叫ぶベルリナ様に阻まれてもう何がなんだか分からない。
目立たないはずだった一角は、すっかり注目の的である……見ていないで誰か助けて。
「お嬢様……!!」
いっそ大声で泣いてやろうかとやけくそな気持ちになっていたら、人混みをかき分けてマクシミリアンが駆け付けてくれた。
「マクシミリアン……!!」
抱きつきたい気持ちを堪えて彼に駆け寄り、その手をぎゅっと掴む……手袋越しだから体温が感じられないのが残念だわ……。
するとほっとした表情の彼に頭をぽふぽふと撫でられて、安心感にほにゃりと笑ってしまった。
わたくしの締まりのない顔を見たシュミナ嬢がなんだか呆気に取られてるけど……知らないわ、もう……。
「お嬢様、ドレスが汚れておりますね。お部屋に戻りましょう」
そう言ってマクシミリアンがわたくしを抱き上げると会場から令嬢達の黄色い声が上がった。
……うう、こういうの、恥ずかしいんですけど……。
だけどこれでお部屋に帰れる、そう思ってホッとしていると。
「ビアンカ、何かあったのか」
柳眉を逆立てたフィリップ王子がこちらへやって来たものだから、わたくしは思わず顔を手で覆った。
神様……これは何かの罰ゲームですか?
「ドレスが汚れたので帰るだけですわ。フィリップ様、今晩はエスコートありがとうございました」
マクシミリアンに抱え上げられ、様にならないけれど問いに答える。このまま帰して欲しいです、切実に。
「ちょっと……どうして私を庇うのよ! ライバルを蹴落とす絶好の機会じゃない!」
するとまたベルリナ様が叫ぶ。……家格が上じゃなかったらその可愛いお口を指で摘まんで差し上げたいわ。
二時間サスペンスの犯人の告白シーンじゃないんだから自分から犯行の暴露をしないで。
ベルリナ様は……なんというか、天然というか……憎めない子だ。
フィリップ王子が怒りの篭った目でベルリナ様の方を見ようとするから……。
「いえ、その。わたくしとてもトロいので。自分で被りましたのよ。あの……足元が濡れて冷たいので、そろそろ帰っても……?」
わたくしは慌ててそう言ってフィリップ王子の気を引いた。
これは本当だ。魔法でキンキンに冷えたジュースをかけられたのだから濡れた足元が冷たくて少し寒いのだ。
「ああ……それは引き止めて悪かったな。またな……ビアンカ」
「はい、皆さま。ごきげんよう。今日はとても良い月が出ておりますし、楽しい夜を過ごして下さいませ?」
わたくしはマクシミリアンに抱えられたまま出来るだけ優美に微笑むと、ようやくその場を後にした。
「ビアンカ様も……大変なんだ」
なんてシュミナ嬢の呆然とした呟きが背後から聞こえた気がしたけど……。
うう……わたくしの頭痛の種の一つのシュミナ嬢に同情されるとなんだか複雑な気分よ……?