令嬢13歳・ガーデンパーティー・中
王子にエスコートされてパーティー会場……学園の普段は憩いの場になっている広い庭園だ……の入り口に着くと、そこは普段の佇まいからは想像もつかない幻想的な世界となっていた。
魔法で生み出された灯が中空に灯り、時折パッと爆ぜて花火のような風情で夜空を彩り参加者達の目を楽しませている。
会場には花が色とりどりの花が飾られていて、魔法で発光させているのだろうかふんわりとした柔らかい光に包まれていた。
白いテーブルクロスが掛けられた長テーブルには様々な料理が置いてあり、見ているだけで胃が刺激されてしまう……こういうパーティーの場では殆ど食べられないのが本当に残念。
庭園の一部は石畳の広場のようになっていてそこに楽団が陣取っている。ダンスもきっとこちらで踊るのね。
……わたくしリズム感が無いからダンスはとても下手なのだけど。失敗しないか今から心配だ。
「綺麗ですわね、フィリップ様!」
「そうだな、普段とは大違いだ」
わたくしが歓声を上げると、フィリップ王子も楽しそうにそれに応じた。
花のアーチを抜けて庭園に一歩踏み出すと、会場の注目がわたくし達に集まった。
『王太子』と『婚約者候補』のお出ましなのだ……こうなるのは予想していたとはいえ、胃が痛い事甚だしい。
わたくしは前を見据え、人の視線を意識しないようにして悠然と見えるように足を運んだ。
仮にもシュラット侯爵家の令嬢なのだ。みっともないところなんて見せられない。
わたくし達が歩を進めると、どよめきのような声が上がる……うん、今日の王子は一段と素敵ですものね。当然ですね。
明らかに王子に秋波を送っているご令嬢が数多くいて、わたくしとのファーストダンスが終わったら王子には引っ切り無しにお誘いがかかる事が今から予想された。
……わたくしにお誘いはかかるのかしらね。壁の花になったらなったで、ご飯を沢山頂きますけど。
「ビアンカ様、ごきげんよう!」
「や、殿下。ビアンカ君」
わたくし達に気づいてマリア様が、手を軽く振りながらこちらに声をかけてきた。
連れの男性もこちらに声をかけてくる。
茶色の髪に赤い花の髪飾りを付け、赤い細身のドレスを身に付けている彼女は大人っぽくて綺麗だ……彼女のスタイルの良さが際立っているわね。マリア様はモデル体型なのだ。
それにしてもマリア様の隣にいるのは……誰???
黒の装飾が一切付いていないすっきりとしたデザインのタキシードを着て灰色の髪を後ろに撫でつけた涼やかな目元の美青年……もしかして……これは。
「……アウル先生、ですの??」
疑問符を付けて思わず訊ねてしまった。
フィリップ王子もそれを聞いて目を丸くしている。
「やだねぇ。担任の顔も忘れるなんて。俺はそんなに影が薄いか?」
厭世的な雰囲気が漂う少しだるそうな口調は、確かにアウル先生のものだ。
眼鏡を取ったら美形なんて……どこの少女漫画のキャラなの!?
「だって普段と装いが全然違いますもの。見違えましたわ」
思わず正直に言うと『そりゃどーも』と先生は苦笑した。
マリア様はそんな先生の腕にうっとりとした顔でそっと手を置いて微笑んだ。
「普段はこの人、本当に汚い恰好ばかりだから仕方ないですよね。もっときちんとして下さいとお父様と口を酸っぱくして言ってるんですけど……」
「マリア、うるさい。身なりに気を遣ってる暇があったら俺は研究を進めたいんだ」
マリア様の言葉にアウル先生は口を尖らせながらマリア様の両頬を片手で掴む。
むぐむぐと言葉を発せないマリア様を見て先生はにやりと悪い顔で笑った。
……仲睦まじい、でいいのよね?
「フィリップ様、ビアンカ嬢!」
「マリアさん! ビアンカ様ー!」
ノエル様とゾフィー様も揃って現れ、こちらへと駆け寄って来ようとする。
しかし途中でゾフィー様が芝生に足を取られ危うく転びそうになるのをノエル様が優しく抱き止めた。
周囲のご令嬢から羨ましげな視線と溜め息が漏れる。
……うん、分かる、分かるわ。青春感が素敵よね。本当に羨ましいわ。
マクシミリアンも何か、青春っぽい事してくれないかな。
自転車の二人乗り……はこの世界じゃ無理だし。制服デート……もマクシミリアンは卒業してるし。
自転車じゃなくて馬の二人乗りは何回かやったのだけど密着感がすごいしマクシミリアンは耳元で囁いてくるしで、青春ってよりもやっぱりいかがわしかった。
……いかがわしくないデートをお願いしますって今度頼んでみようかしら。
あれを天然でやってるとしたらどうしようもないのだけど……。
「あっ、今日はそっちのアウル先生ですのね! ごきげんよう!」
ゾフィー様はマリア様と幼馴染なのでとっくに知っていたのかアウル先生に普通にご挨拶をする。
ノエル様はアウル先生の変貌ぶりに驚いていたけれど。
ゾフィー様は緑色のドレス、ノエル様は黒に紫の刺繍が入った礼服と互いの髪の色を使ったものを着ていて二人がわくわくしながらこのパーティーの準備をしたのだろうと伺い知れてなんだかとてもほっこりした。
会場は人でごった返している……この中にきっと、ミルカ王女とメイカ王子も居るのだろう。
後で探してご挨拶をしないと。
シュミナ嬢もこの会場のどこかに居るはず……と見回してみたけれど今は目に入らなかった。
彼女を見つけてどうするつもりなのか、自分でもよく分からないけれど。
学園の生徒達の使用人が控えている一角を見るとマクシミリアンもそこにいたので、わたくしはこっそりと手を振った。彼はすぐに気付いてくれてにっこりと微笑んでくれたけど……。
その微笑みに当てられて数人の令嬢が彼に話しかけに行くのを見て、人前で笑うのは禁止にしたい、なんて事を思ってしまった。
マクシミリアンは、わ……わたくしの彼氏的なもの、なのに!そ……そのはずなのに!
……はぁ……。わたくし、なんて心が狭いの。ちょっとショックだわ。
楽団が曲を奏で始め……パーティの開始を告げる。
「では、ビアンカ。俺と踊ってくれ」
「はい、フィリップ様」
わたくしは差し出されたフィリップ王子の手を取って、広場へと足を進めた。
……どうか、失敗しませんように!