令嬢13歳・ガーデンパーティー・前
ガーデンパーティー当日。
わたくしはジョアンナに飾り立てられ、鏡の前に立っていた。
久々のパーティーという事でジョアンナは大層張り切っていて、頭の先から足の先まで丁寧にお風呂で磨き上げられエステのようなマッサージを施され更に時間をかけてドレスの着付けをされた。
パラディスコで見た海のような澄んだ青の色の豪奢に裾が膨らんだドレスは、大きく前が開いているデザインだ。デコルテや肩の辺りが結構大胆に見えてしまっていて……わたくしは鏡の前でなんだか照れてしまった。
そして背中はもっとざっくりと肌が見えている……それを見ながらマクシミリアンが苦い顔をしていた。
ジョアンナ曰く今日のテーマは『大人の魅力』らしい。
13歳に何を言うのよと思うけれど、16歳で成人のこの世界では13歳は大人の階段をだいぶ上っているという認識なのかもしれない。
結婚の年齢自体に制限がないので、成人前ご結婚されて学園を辞める方もいるしなぁ。
「綺麗です、お嬢様。私が、パートナーを勤めたかったです。変な虫がお嬢様に付くのを指を咥えて見ていないといけないなんて」
「マクシミリアン、わたくしも貴方とパーティに行きたかったわ。……変な虫なんてきっと付かないわよ? 心配しすぎなの、マクシミリアンは」
公に出来ない関係というのは、こういう時に不便だ。
マクシミリアンが伯爵家以上の身分の長男であれば父様を説き伏せて正式な婚約者になりパーティーに一緒に……なんて事も可能だったのかもしれないけれど。男爵家の三男である彼とでは、それは無理なのだ。
彼と結婚したいなんて口にしたら、『間違い』が起きる前に軟禁をされていつの間にやら王子や他の高位貴族の男性との結婚が纏まっていた……なんて事もあり得る。
わたくしはあくまで侯爵家の娘だ。お父様がいくらわたくしに甘くても、限度はあるのだ……多分。
……彼と結ばれる為には、わたくしが駆け落ちの覚悟を決めるより他はない。
彼が言っていた『進めている事』が穏便に駆け落ちが出来る手段だと信じたいわ。
「……マクシミリアン。ぎゅって、して?」
なんだか不安な気持ちになってしまってそうお願いすると、マクシミリアンは優しく微笑みながら抱きしめてくれた。……うん、温かい。
ずっとこうしていたいけれど……そろそろフィリップ王子が迎えに来る時間だ。
「『犬』を3匹程お嬢様の影の中に潜ませるをお許し下さいませ」
「ふふ、頼りになるわんちゃん達も一緒なのね。嬉しいわ」
あの子達は本当に頼りになるけれど、学園のガーデンパーティーで不埒な事をする輩なんていないと思う……多分。
シュミナ嬢もユウ君とお話した日からなんだか大人しいし。取り巻きさん達もとても心配しているみたい。
彼女なりに、色々考えているのかもしれないわね……。
取り巻きさん達、心配までちゃんとしてくれてシュミナ嬢は友達に恵まれているわよね。彼女がそれに気付けばいいなと思ってしまう。
今だったらシュミナ嬢とちゃんとしたお話が出来たりするのかしら。
「ビアンカ、準備は出来たか?」
ノックの後にそう声をかけられ、返事をするとドアがガチャリと開いた。
開いたドアに目をやるとそこには正装をし眩しいばかりに輝くフィリップ王子が立っていて……一瞬目が眩みそうになった。
うう……身内の欲目とかじゃなくて、本当にかっこいい。
金で豪奢な刺繍が入った白い詰襟、細身のトラウザーズに、内側が真紅の白のマント……王子様だわ、童話の中の王子様がいるわ。
「素敵ですわね……!」
思わずそう呟くと彼はとても嬉しそうに笑い、こちらへと歩み寄ってきた。
「ビアンカも素敵だ。よく似合っている」
「……ありがとうございます」
わたくしなんて貴方の横だと霞みますわよ? と本気で思ってしまう。
自分の事は美少女だとは思っているけれど、なんというか王子の美しさは格が違うのだ。
「いや……本当に美しい」
フィリップ王子はそう言って近づいて来ると、わたくしの頬にその美しい唇を落とした。
突然の事にぽかん、として王子を見ると彼は頬を染めてうっとりとした表情で微笑んでいる。
「くっ……やはり変な虫が……!!」
マクシミリアンとわたくしの足元の影が妙な気配を発し始めたので心の中で思わず『ステイ! ステイよ!!! マクシミリアン! わんちゃん!!』とわたくしは叫んだ。
自室で王太子殺人事件とか本当に洒落にならない。
……マクシミリアンとわんちゃんは証拠も残さなそうだけど。
「……ん? 何か妙な気配が……?」
流石はフィリップ王子……不穏な魔法の気配を感じ取ったのかわたくしの影に目をやるけれど、その時にはもう影は静まっていてホッとする。
「お嬢様。私も会場に控えておりますので、何かありましたら私の元へ来て下さい」
マクシミリアンは『なにかありましたら』の部分でフィリップ王子を見るけれど、王子は悠然とそれを受け止める。
「今日のパートナーは俺だ。何事もある訳がない」
マクシミリアンを小馬鹿にする表情で王子が言い放つと、また部屋に不穏な空気が満ちた。
……本当に、本当に止めて下さい……!!
マクシミリアン、ノーモア殺人事件よ……!!
「フィリップ様。そろそろお時間ですし……行きましょう?」
フィリップ王子のマントをくいくいと引っ張って外に連れ出そうとすると、すいっと優美な動作で腰を抱かれた。
思ったよりも大きな手に腰を被われ、体は密着し、フィリップ王子との距離が近づいて……思わず顔が真っ赤になる。
「……フィリップ様、おおおお手を貸して下さいませ?」
「仕方ないな。じゃあ行こうか?」
わたくしが頼むと彼は仕方なさそうに手を差し出してくれた。
……心臓に、悪いわ……!!