令嬢13歳・ユウ君とシュミナ嬢の対談・後
「サイトーサンは、何者なの? フルネームは?」
「んー日本では斎藤優吾、T大の大学院生だったよ。今はパラディスコ王国でユウゴ・サイトーサン伯爵してます」
「T大!? めちゃくちゃエリートじゃん!! しかも今は貴族なの? 有能なんだ。じゃあなんで食堂の職員なんかしてんの?」
「料理が好きだからと、ビーちゃんのお側に居たいからです」
矢継ぎ早にシュミナ嬢はユウ君に質問を浴びせ、ユウ君はそれに対して律儀に答える。
ユウ君とシュミナ嬢の席はわたくしとマクシミリアンがいる場所から少し離れた右斜め前……。
二人の横顔がギリギリ見える位置だ。声はマクシミリアンにお願いして風魔法で拾って貰っている。有能な執事がいると大変助かります。
気付かれないかドキドキしながら、わたくしはメニューで顔を隠して目だけ出した。
それにしてもユウ君……『お側に居たい』ってなんなんですか。貴方に前世で想われていたと知った時の事を思い出しちゃうじゃないですか。
タイミング次第では、ユウ君と前世でお付き合いしていたんだろうなぁ……わぁ、そう思うとなんだか照れる!
わたくしが照れていると何かに勘づいたマクシミリアンにじっとりとした視線を向けられた……はい、ごめんなさい。わたくしが悪いですね!
シュミナ嬢は前世の口調丸出しで、合コンで高学歴イケメンにがっつく女子さながらの食いつきを見せていたけれど……ユウ君が『ビーちゃん』とわたくしの名前を出すと途端に暗い顔になった。
「……ビアンカ様とは、どういうお知り合いなの? やっぱり前世から?」
「彼女が今年、夏の旅行でパラディスコに来ていてね。それで知り合ったんだよ? 他に何か聞きたい事は?」
ユウ君はさらりとシュミナ嬢の質問を躱す。流石です、ユウ君。
シュミナ嬢はその解答に納得していないようだけれど突いても何も出ないと思ったのかすごすごと引き下がった。
「……なんで皆は、ビアンカ様が好きで。私は好かれないんだと思う?……すごく不公平だなって……思っちゃうの」
シュミナ嬢は消え入りそうな声で、ぽつりと漏らした。
その発言を聞いてわたくしは『おや』と目を瞠る。
普段聞く事のない彼女の、本音の部分。それを曝け出したのは、優しい雰囲気かつ日本人のユウ君が相手だからだろう。
「シュミナちゃんは、人に好かれるを事ちゃんとしてるの? もしも君が人に嫌な事をしているのなら……そんな人は、誰にも好かれないよ? 当たり前でしょ?」
「でもっ……」
ユウ君の言葉に、シュミナ嬢は泣きそうな顔になって反論しようとするけれど言葉が上手く出ないらしくてパクパクと口を閉じたり開けたりするだけだった。
「シュミナちゃん。異世界転生とか異世界転移とか、ラノベめいた事が起きてるよね。だから君はもしかするとここはお話の中の世界で、現実だなんて思っていないのかもしれないけど。……でも確かにここは現実で、自分がした事は我が身に返って来るんだよ。それを君は……もっとよく考えた方がいいと思う」
ユウ君は柔らかい口調で、恐らく彼女が1番考えたくない可能性を抉っている。
彼女が好き勝手に行動出来ているのは『自分がヒロインで周囲の人物はあくまでゲームの人物。自分の好き勝手は全て許される。そして最終的にはハッピーエンドになる』と思っているからだ。
だけどここが現実の場合……彼女はもう取り返しがつかない事を沢山してしまった事を認めざるを得ない訳で。
「うるさいっ……私は、ヒロインなの!! ヒロインなのよ……。ヒロインじゃなかったら……どうすればいいのよ……」
シュミナ嬢はそう弱々しい声で言うと、表情を歪ませ、目を潤ませるとぽろぽろと大粒の涙を零した。
それはわたくしが初めて見た、彼女の表情で……。
みっともなく顔を歪ませて泣く彼女は、独りぼっちの子供のようだった。
「それは自分で考えるの。じゃあね、シュミナちゃん。そろそろ5分です」
ユウ君がそう言って席を立とうとするとシュミナ嬢は彼の手を掴んで引き留めようとする。
だけどユウ君はその手を穏やかな動きで振り払い……。
「ビーちゃんに優しくない子に、僕は優しく出来ないよ?」
と毅然とした態度で言って厨房へと戻って行った。
後には、迷子のような表情で彼を見送りながら涙を流すシュミナ嬢だけが残された。
シュミナ嬢と話すユウ君の言葉には、厳しさ、そして優しさがあった。
最後の言葉も彼の言葉の裏を返せば『ビーちゃんに優しくするなら優しく出来るよ』って事なのだろう。
後は裏の意味までシュミナ嬢に読めるかどうか……。
「ユウ君……かっこよくなったなぁ……」
「お嬢様っ……!」
わたくしが思わずそう呟くと、マクシミリアンが焦ったような顔をした後に、拗ねたように口を尖らせた。……可愛い。100点ですよ、マクシミリアン。