騎士と湯たんぽ(ノエル視点)
「ごめんなさい、ノエル様。私……貴方のご迷惑も考えずに……身の程知らずにつきまとってしまって……」
――そう言って、ゾフィーが泣いた。
俺、ノエル・ダウストリアが近頃気になっている……太陽みたいに明るくて、温かくて、優しい、可愛いあの子が。
ゾフィー、お願いだから泣かないで。
その震えながら泣く小さな体を抱きしめたい、そして綺麗な紫の瞳から流れる涙を拭いたい。
……だけど彼女は俺から逃れるように教室から走り去ってしまった。
「待って! ゾフィー!!」
俺は必死であの子を追う。
迷惑って、身の程知らずってなんなんだよ。誰にそんな事を言われたんだ?
俺はそんな上等なものじゃない……君みたいな優しくて素敵な子が俺なんかに引け目を感じる事なんて何一つない。
令嬢の足と騎士訓練を受けている俺の足では速度が全く違う。俺は廊下ですぐにゾフィーに追いついて、彼女の手を掴んだ。
「――っ……」
彼女は俺の方を見ると、またアメジストの瞳から涙を零した。
ゾフィーの柔らかい頬を両手で包む。するとゾフィーの目が大きく見開いて銀色の睫毛に縁取られた綺麗な瞳に俺の姿が映った。
「ゾフィー、誰に何を言われたかは知らない。だけど……俺の心を聞かずに、勝手に身の程知らずとか……つきまとってるとか。一人で判断をしないで?」
「……でもっ……ノエル様っ……」
彼女はしゃくりを上げて悲しそうな顔で泣く。その姿を見ているのが、本当に辛くて居た堪れなかった。
「中庭のベンチで、少しお話しよう? もうすぐ授業も始まるから人も来ないと思うし。ね?」
そう言って俺は彼女の返事を待たずその柔らかい手を引いて中庭に向かった。
ゾフィーは何か言いたげな顔をしていたけれど、俯いて黙ったまま俺に手を引かれるままとなっている。
誰が彼女を傷つけたのか……も気になるけれど。今は彼女の心の傷を塞ぐ事が優先だ。
俺は中庭に着くとゾフィーをベンチに座らせて、その隣に腰を下ろした。
「……ゾフィー」
「はい……」
名前を呼ぶと彼女は消え入りそうな声で返事を返す。
「俺は、ゾフィーと一緒に居たいよ?」
「ノエル様はお優しいからお気遣いをして下さっているのですよね。でも私なんて……ノエル様と一緒に居る資格がないんです」
「……俺と居る資格って、なんなの? 俺、そんなにいいものじゃないよ?」
いつも明るいゾフィーがあまりにもマイナス思考な事を言うので俺は腹が立ってきた。
もちろんゾフィーにではない、彼女がいつも気にしている繊細な部分を無遠慮に抉って傷つけたやつにだ。
「ノエル様の隣に立つのはビアンカ様のような美しい方じゃないと……ダメなんです」
ゾフィーはそう言うと制服のスカートをぎゅっと握りしめてピンク色のぷっくりとした唇を噛みしめた。
どうしてビアンカ嬢の名前が……確かに俺は、彼女の事が好きだったけれど。
でも今は……。
「……ゾフィー決めつけないで。俺はね、他の誰でもなくゾフィーが好きなんだよ?」
俺がそう口にするとゾフィーは驚いた顔でこちらを見た。
何を言われたか理解出来ない、そんな顔で一分くらい彼女は呆けていただろうか。
そして言葉の意味をようやく理解したのか顔がどんどん真っ赤に染まっていく。
「そ……それは、それは、友達としての……って事ですのよね?」
「んー……こう言わなきゃ、分からないかな?」
俺はベンチに座る彼女の前に跪いて、白く可愛らしい手を取る。
そして時間をかけてゆっくりとその手に口付けた。
「ノエル・ダウストリアは、ゾフィー・カロリーネを恋愛の意味で好きなのだけど。君はどうかな?」
「のえるしゃまっ!?」
身を引いてゾフィーは逃げようとするのだけど、逃がす訳にはいかない。
俺はベンチから立ち上がろうとする彼女を抱きしめて腕に閉じ込めた。
「……夢? これは私にとって都合のいい夢???」
ゾフィーは往生際悪く真っ赤になって俯いて腕の中で何やら呟いている。
「ゾフィー。お返事は?」
「うう……」
彼女は呻いたり、赤くなったり青くなったりした後に上目遣いでこちらを見上げた。
ゾフィーと俺は恐らく三十センチくらいの身長差がある。腕の中で小さな生き物が右往左往する様が、とても愛らしくて俺は思わず微笑んでしまった。
「私……ぽっちゃりですのよ……」
「うん、ふくよかでとても可愛いね。抱き心地もとてもよくて素敵だと思うよ? 胸が大きいのも俺好み」
「なっ……! 抱き心地……!! む……胸!? ノエル様スケベですわ!!」
「……だからさ。俺そんなにいいものじゃないって、言ってるでしょ? こんな俺でゾフィーはいいの?」
俺がそう言うと彼女はうろたえて左右に視線をやった後に……小さくこくりと頷いた。
「スケベでも、ノエル様が好きですわ……」
「俺も、ぽっちゃりで、大きな目をいつもキラキラさせながら美味しそうにご飯を食べる、明るくて可愛くて、湯たんぽみたいに温かいゾフィーが好きだよ」
ゾフィーの言葉に嬉しくなってそう言うと、彼女はまた真っ赤になってしまったけれど。
今度は俯きもせず逃げもせず。
……俺の腕の中で嬉しそうに笑った。