令嬢13歳・ゾフィー様の災難・中
それからシュミナ嬢はノエル様とゾフィー様の事をねめつけるような視線でチラチラと伺っていた。
わたくしはノエル様とゾフィー様が仲睦まじげにし、シュミナ嬢がそれを見て眉間に皺を寄せる度に胃が……キリキリと痛んだ。休み時間にマクシミリアンに胃薬を持ってきてもらったくらいだ。
仲がいいのは素晴らしい事だし、もちろんシュミナ嬢が悪いのだけれど!
「ノエル様、私調理実習の授業を取っておりまして……。明日その授業でケーキを作る予定なのですけど……ノエル様に食べて頂いてもいいですか?」
「ゾフィー、本当に!? 君が作るものを食べられるなんて嬉しいよ!」
放課後の廊下で二人がそんな会話を交わしている。ああ……なんて青春なの……眩しいわ。
ノエル様はゾフィー様のいじらしい様子に終始嬉しそうな笑顔だ。
わたくしは選択科目は調理実習を取っておらず、ノエル様とマリア様と一緒に課外探索授業……外に薬草学で学ぶ薬草を実際に採りに行く授業だ……を受けている。
ノエル様の薬草の探し方はなんというかとても雑で……薬草に似た毒草を平気で籠に入れようとしたりするのを止めるのがなかなかスリリングだ。
止める度に眩しい笑顔で『ありがとう! 助かったよビアンカ嬢!』とお礼を言ってくれるのだけど、それよりも薬草の種類をちゃんと覚えて欲しい。
「わたくしも、貴方に何かお菓子を作りましょうか? マクシミリアン」
わたくしを迎えに来たマクシミリアンにそう言うと彼は少しギョッとした顔をして、苦悩するようにしばし横を向いた後に覚悟を決めた真剣な顔でわたくしに向き直った。
「お嬢様が望むならば、私は何でも口にしましょう」
……遠回しに、菓子が不味いと言われた。
いえね、昔マクシミリアンに味のしないクッキーを大量に食べさせたり、なんだかクリームがねっとり生臭いシュークリームを食べさせたりしてしまいましたものね。
わたくし単純な料理に関しては『普段料理をしないお父さんが日曜にたまにする料理レベル』なのだけれど、お菓子作りになると『レシピを見ないで小学生が想像で作りましたレベル』まで何故か落ちてしまうのよね……。
ジョアンナにも苦笑いをされ、最後には匙を投げられてしまったのだ。
「……そこまで覚悟を必要とするなら、食べなくていいのよ」
わたくしが拗ねたように言うとマクシミリアンは焦っていた。……どうやったら料理って美味しくなるんだろうなぁ。
マクシミリアンにシュミナ嬢がゾフィー様に何かしそうだという話をしたら『犬』を一匹ゾフィー様の影に潜ませると言ってくれた。大っぴらには使えない力なので肉体に暴力が及ぶレベルの危機があった時にだけ『犬』で対処をしようとマクシミリアンとは話し合いで決めた。
今まで我が身に累が及ばぬようにマクシミリアンが隠していた魔法だ。人に見られるような事はできれば避けたい。
バレた場合、闇魔法で『犬』の記憶を消す、なんて手段もあるらしいけど学園のような人目が多い場所では当事者の記憶を消しても誰が見ているかわからない。
マクシミリアンのためになるべくであれば『犬』での対処は避けたいし、そんな場面になって欲しくもない。
それに『犬』は怪我や命の危険からゾフィー様を守れても口撃からは守れないから……なるべくゾフィー様の側にいてあげたいのだけれど。
選択科目などで離れてしまう場合はどうしようもないのが心苦しい。
翌日。
背中に籠を背負って課外探索授業用の汚れても良さそうな上着とパンツに身を包んだ淑女らしからぬ姿のわたくしは、課外実習を担当しているおじいちゃん先生に引率されてノエル様、マリア様、そしてその他の多くは無い数の生徒達と王都のすぐ近くにある山を登っていた。
山は800mくらいの低山だけれど、令嬢の体力にはそれなりに堪える。
服装と授業内容のハードさで課外探索授業は全く人気がない。
なのでマリア様がこの授業を取っている事自体がとても意外だった。だけど『私の家系は代々薬草師を輩出している家系なので、私も興味があって』と眼鏡を押し上げながら彼女に言われて納得した。
「つ……疲れましたわ……」
ぜえぜえと息を吐いていると、ノエル様が心配そうに覗き込んでくる。
「ビアンカ嬢。あんまり辛かったらおんぶするから言って?」
「いえ、それは私がいたしますので」
ノエル様のご提案をマクシミリアンが撥ね付けた。通常の授業は従者は立ち入れないのだけれどこの課外探索授業に従者を連れていく事は許可されている。
わたくしみたいに体力のない子息子女がいるからですね、ええ。
「大丈夫ですわ、ありがとうございますノエル様。マクシミリアン、本当にどうしようもない時はお願いね」
わたくしは二人にお礼を言うと、鉛のように重い足を動かした。
今回の採集場所は山頂付近……もう少し頑張らないと。それに体を動かさなければ体力は身につかないのだ。
採集場所に着いたわたくし達は、ミニサイズの教科書を片手に地面に這いつくばって薬草を探す。
鬱蒼と茂った木々の葉っぱや雑草で手を切ったりもするけれど自然と触れ合う機会を得られるこの授業がわたくしは好きだ。
見つけた薬草を力を込めて引っこ抜くと、馨しい土の香りがした。……やっぱり土を触っていると落ち着くわね。
ふと近くで鼻歌が聞こえてそちらの方を見ると、ノエル様がなんだか上機嫌だった。
「ノエル様、ご機嫌ですのね?」
わたくしがそう話しかけると、ノエル様は少し照れたような顔で鼻歌を止めた。
「この授業が終わったら、ゾフィーのお菓子が食べられるからね」
「ノエル様。ゾフィーさんのお菓子はとても美味しいので、期待していいですよ」
細い腕で豪快に太めの薬草を引っこ抜いたマリア様がノエル様に太鼓判を押す。なんでもゾフィー様はご実家にいる頃はしょっちゅうお菓子を作って家族に振る舞ってらしたとか。
マリア様とゾフィー様は子供の頃にお茶会で知り合って仲良くなったそうで、マリア様もゾフィー様のお屋敷を訪ねた際にはよく手作りのお菓子を食べさせてもらったと教えてくれた。
「わぁ~本当? 楽しみだなぁ。ゾフィーの作るものなら、味なんて関係無く食べちゃうけどね」
……ノエル様、それはのろけですわねぇ。
わたくしとマリア様は、目を合わせて微笑みあった。
友人の幸せは、わたくし達の幸せでもあるのだ。
山からの帰り道、マクシミリアンが苦い顔でわたくしに耳打ちをした。
「ゾフィー様が……シュミナ嬢に絡まれていると『犬』が申しております。取り巻きはいない様子なので暴力に発展する行為ではなさそうですが……」
「……早く、戻ってあげたいわね」
わたくしはできるだけ足を急いで動かした。早く、ゾフィー様のところに行かなければ。
――学園へ戻ったわたくし達が目にしたのは。
泣き腫らした目で俯いて教室の席に座っているゾフィー様だった。