令嬢13歳・ゾフィー様の災難・前
新学期が始まり、生徒の群れの一人になって久しぶりの校舎へと向かう。
足取り軽く……といきたいのだけれど、授業が楽しみだという気持ちと、前日シュミナ嬢に会ってしまったが故に生まれてしまった不安と、ユウ君が職員として働いているんだというそわそわ感とでなんだか色々綯い交ぜな心境である。
通学途中でシュミナ嬢を見かけたけれど相変わらず取り巻き達に囲まれており上機嫌で話をしていた……わたくしに絡んでこないでね？ と願いながら他の生徒に紛れてコソコソとその横を通り過ぎたけれど幸いなことに気づかれなくてとても安堵した。
「あの女……相変わらずですね」
シュミナ嬢を横目で見ながらマクシミリアンが呟く。
昨日落ち込んでいたマクシミリアンは今日は元気を取り戻してくれていた。
……多分まだ思うところはあるのだろうけど。
「大人しく、してくれているといいわね」
遠い目になりながら、そんなあり得ない事を口にしてしまった。
……今学期もきっと何かをやらかすのだろうなぁ。
一学期のように取り巻きを使ってネチネチと言うくらいで済めばいいのだけれど……あれも、もちろん嫌なのだけれど。
シュミナ嬢がわたくしを『バグ』だと認識し排除しようと乗り出した場合、彼女の取れる手段は限られている。
権力は勿論使えない……ならば彼女が使える手段は『暴力』か『事故』の二択だろう。
そこまでしないと信じたいけれど暴力に関しては取り巻きが勝手に起こした事とはいえ一度振るわれているからなぁ。気をつけるに越したことはない。
「ビアンカ嬢！ 久しぶり……でもないね」
「そうですわね、数日ぶりですわね！ノエル様」
マクシミリアンと別れて教室に入るともう席に着いていたノエル様から声をかけられた。隣の席にはゾフィー様、その隣にはマリア様がいる。
わたくしはマリア様の隣に腰かけながら、ノエル様の言葉に答えた。
「ふふ、パラディスコ楽しかったですね」
マリア様はニコニコとしながら旅行の記憶に思いを馳せているようだ。
うん、本当に楽しかった……念願の海にも入れたし！花火も見れたしとても夏らしい夏を過ごせた。
「そういえば、ノエル様と食堂に朝食を食べに行ったらサイトーサン伯爵がいてびっくりしましたのよ！ ビアンカ様を追いかけて来られたのかしら……！」
ゾフィー様が紫色の目をまん丸にして頬を染めながら言う。確かにユウ君は『ビーちゃんと一緒に居たくて』と言っていたけど……話すとゾフィー様とマリア様のテンションがおかしくなりそうなので言わないでおいた。
しかし食堂に行くと職員としてあの美形が増えていたら皆様びっくりするだろうなぁ……追っかけとかすぐにできそう。
「サイトーサン伯爵の美味しい料理がいつでも食べられるなんて、本当に素晴らしいよね」
ノエル様はニコニコとした顔で腕組みをして頷いている。確かにユウ君の料理がいつでも食べられるって考えると素敵ね！
そういえばノエル様とゾフィー様はどうなっているのかしら……とこっそり二人の様子を横目で伺うと……。
「その通りですわ！ サイトーサン伯爵のお料理が毎日が食べられるなんて人生は薔薇色ですの……！」
そう言ってニコニコしているゾフィー様をノエル様が慈しむような表情で見つめていた。
お二人が恋人になるのは時間の問題なんだろう。ノエル様は優しくて素敵な方だから、ゾフィー様を大事にするんだろうなぁ。
そんなことを考えながらのほほんとした気分に浸っていると……教室にシュミナ嬢が入ってきた。
シュミナ嬢は探るようにこちらに目線を投げると、ノエル様とゾフィー様が仲良く話しをしているのを見て、目を丸くした。
「なにあれ……どういう事？ モブがなんで……攻略キャラと仲良くしてる訳？」
そんな呟きを漏らしながらゾフィー様に鋭い視線を投げるシュミナ嬢の様子に嫌な予感が背筋を走った。
ゾフィー様のお家は子爵家だ……男爵家のシュミナ嬢より格上とはいっても家格自体は高いものではない。
侯爵家の娘であるわたくしに対してよりも、過激な手段をシュミナ嬢や取り巻き達に取られる可能性が高い。
……シュミナ嬢の動向に注意しないと……大事なお友達を傷つけたらわたくし、許さないから。
