令嬢13歳・新学期とヒロインの復活・後
桜のような色のピンク色の髪、深い色の茶色の目、親しみを持てる美しい顔立ち。
――シュミナ・パピヨン……この世界のヒロインのはずの少女。
そうよね、夏休暇が終わって明日から授業だから……貴女も、もう学園に戻って来ているのよね。
出来ればこんな不意打ちみたいな状況で会いたくなかった。
しかもわたくし、マクシミリアンと手を繋いでしまっている……なんとも恥ずかしい。
離そうとしたけどマクシミリアンが離してくれなかったのよ。
「ビアンカ・シュラット……!」
シュミナ嬢が呟くと、マクシミリアンの目が冷たく眇められた。
開幕呼び捨ては宜しくないわシュミナ嬢……マクシミリアンの『犬』達にお尻を噛まれても知らないわよ?
夏休暇が明けて初めて見たシュミナ嬢は少しだけ痩せたように見える……流石に魔法の暴発事件や停学による心労が祟ったのだろうか。
「ビアンカ様! お久しぶりですね!!」
彼女はそう言うと笑顔を貼り付けてコツコツとローファーの音を響かせながらこちらへ駆け寄ってきた。
……心労が祟ったのかというのは気のせいね、元気だわこの子。
ヒロイン然とした可愛らしい笑顔で無邪気という様子を全面に押し出して近付いて来る彼女に、わたくしは恐怖を感じて一歩後ろに下がってしまう。
というかよく話しかけられるなぁ……以前の所業はリセットされているとでも思っているんだろうか。
シュミナ嬢はわたくしが転生者である確証を得たがっているようだし、周囲に人がいない今はその絶好の機会だと思ったのだろうか。
「お嬢様に近付くな」
「マクシミリアンさん、私ビアンカ様と二人でお話がしたいの……互いに誤解があるような気がして」
わたくしとシュミナ嬢の間に立ち塞がるマクシミリアンに、うるり、とシュミナ嬢が目を潤ませて言う……うーん百点! ゲーム中のヒロインそのもの! だけどお帰り下さい!
マクシミリアンはゲーム中のように彼女のその表情に僅かに頬を染めたり……はせずに非常に冷たい目でシュミナ嬢を見ていた。
そんな目の貴方も素敵ですよ、なんて思ってしまうわたくしも結構ピンク色の脳になってきたのかもしれない。
「……お嬢様、失礼致します」
マクシミリアンはそう言うとわたくしを軽々と抱き上げて校門の方へ向かって行く。
そうそう、学園の近くの公園へ散歩に行く予定だったのよね。
……だけど抱き上げる必要は無いわよね、マクシミリアン!
「待って! 貴女、転生者でしょう!?」
マクシミリアンも居るのにそんな話を振ってくるなんて、シュミナ嬢も余程切羽詰まっているのか。
攻略キャラはどんどん離れて行っている現状だ。彼女のフラストレーションは相当溜まっているのだろう。
全てわたくしのせい、なんて思ってそうで恐ろしいわね……。
「……あの女も……前世の記憶が?」
「そう、あの子もなの。バレないようにしたいわ、面倒だから」
マクシミリアンがこっそりと耳打ちしてくるのでそれに答える。
彼女と話し合ったとして実りある会話が出来るとは思えない。
『私がヒロインなんだから攻略に協力しろ』『悪役令嬢の勤めを果たせ』そんな会話が関の山だろう。
「聞いてよ! ちょっと!!」
「ビーちゃん、マクシミリアンさん。何か揉めてるの?」
シュミナ嬢がこちらへと足を踏み出そうとした時……。
ここで聞こえるはずの無い声が響いた。
「ユウ君!?」
声の方へ顔を向けると豊かな黒髪を揺らしながらのほほんとした表情で笑っているユウ君が立っていた。
……なんで、どうして!? 帰りの船にユウ君は乗っていなかったよね……というかなんで学園に居るの!?
新たな美形の登場にシュミナ嬢は頬を染めてユウ君を凝視している。
「ユウ君、どうしてここに!?」
「ふふ、ビーちゃんと一緒に居たくて無理を言って臨時の職員としてここに勤める事にしちゃった。教員は流石に急すぎて無理だったから、食堂でお手伝いをする事になったんだよ。ミルカ王女も研究をこちらでも進めてくれるなら別に構わないってさ」
――仮にもパラディスコの貴族が、食堂の職員。
王家筋なのに執事をしているハウンドといい、パラディスコの面子は自由にも程があるわ。
ユウ君はメイカ王子の船に乗り合わせて来たらしい……顔を合わせなくて当然ね。
……というか、ユウ君驚かそうと内緒にしてたでしょ!
「マクシミリアンさんは知ってたもんね?」
「――はい。ミルカ王女にお聞きしましたので」
きっとそれは……ユウ君がチーズケーキを持って別邸に来た日だろう。
皆あの日、様子がおかしかったもの。
シュミナ嬢がぽかんとしてこのやり取りを見ているけど……ユウ君が転移者なのは『ユウゴ・サイトーサン』という名前から明らかなのでシュミナ嬢にも後日分かる事とはいえ、この場でバレるのは避けたくて。
「ユウ君、マクシミリアンと今から公園に行くの。ユウ君も、来て」
……とちょっと強引にユウ君を誘ってしまった。
「わ……私もっ!」
「貴女はお誘いしていないわ。付いて来ないで」
付いて来ようとシュミナ嬢にすげなくすると、事情を知らないユウ君は『いいの?』という視線を投げてくる。
その視線にわたくしは全力で頷いた……公園に着いたら事情を説明しよう。
「……なんで悪役令嬢が。攻略キャラ以外の美形にまで贔屓されるの? この世界のヒロインは私でしょう!?どうして皆私に……優しくしてくれないの……!」
彼女の呟きに少し心が痛んだけれど……。
シュミナ嬢、日頃の行いですよ、それは……。