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7. タナバタ様

 カレンダーでの七月七日に、笹の葉に短冊(たんざく)をかける。

 そんな七夕(たなばた)の祝い方は、街へ出て初めて知ったことだ。

 毎年、鳥居に(かか)げられる笹の束を見て旧暦の七月七日を知ると、三々(さんさん)五々(ごご)笹蟹(ささがに)神社に向かう。それが故郷の村の風習だった。

 笹の枝を一本とって鳥居をくぐり、裏参道を抜けてゆくと、(あみ)辿(たどり)山からの清流が崖下の(ふち)へとなだれ落ちている。

 白い糸のような滝の裏に、真っ暗な穴がぽっかり口をあけているのが見える。その洞窟に(かしわ)()をうって願いごとを念じ、笹の葉を一枚ちぎって滝壺へと投じるのだ。

 崖のほとりに刺しておいた自分の枝に、翌朝、蜘蛛の糸がかかっていれば、願いがかなうと伝えられていた。

「ササガニ」とは蜘蛛のことだというのは、母に教わった。


 母の死んだ翌年、どうしても朝まで待てず、夜中に家を抜けて滝壺へいったことがある。

 目印をつけておいた笹に、星明かりで糸が(かがや)いていた。

 (うれ)しさに矢も(たて)もたまらず、走りよって滝壺を(のぞ)きこんだ。

 笹にかかる銀の糸は、夜の滝壺へ、さらに暗い洞窟へと伸びている。やがて、闇に輝く糸が小刻みに震えているのに気がついた。

 糸の先、闇一色のなか、なにか白いものが穴から出てくるのがおぼろげに見えた。滝を通りぬけ、ずぶ()れになりながらも、か細い糸をつたって這いあがって来るようだ。

 糸に不釣り合いの巨大な蜘蛛のようなそれが半分までよじ上ったころ、白い帷子(かたびら)をまとった女だと見て取れた。

「お母さん!」

 滝壺へ身を乗りだした時、母の後から糸をつたって洞窟を抜けてくるものたちが見えた。

 家の鶏小屋で、(かえ)りかけの卵を割ってしまったことがある。母を追って深淵から這い出てくるものどもは、あの光景を思わせた。どろどろぐにゃぐにゃした成りそこないども。

 手を伸ばしたその瞬間だった。糸は弾けるように消え、母も、成りそこないどもも、暗い(ふち)の底へと消えていった。

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