5. 指
故郷を遠くはなれ、この東の島国で「仕事」を初めてもう五年になる。
警戒の手薄なこの国の文化財を持ちだして、闇ルートで売りさばくという稼業はなかなか旨味があったが、だんだんと警備も厳しくなり、やりづらくなってきた。とある山寺の噂を耳にしたのはそんな時だ。
幸い、すぐ近くまで道路が切り拓かれていたので、夜にまぎれてバイクで向かうという強行軍もたやすかった。崩れかけた石段をのぼり、崩れる寸前の寺の内部へと押し入る。
荒れ果ててがらんとした暗い本堂の真ん中に、目当ての本尊は放っぽりだされているも同然だった。
一抱えほどの大きさだが、小型のライトでさっと照らし出しただけで、その精緻さが見て取れるほどだ。
黒い玉石を思わせる艶やかさ。静かに微笑んだ表情の美しさ。何本もある腕のなまめかしさ。そしてその先にある指は、一本一本がまるで生きて動いているかのように細かく造型されている。
売値への期待を通りこして、畏れのような気分を引き起こされてしまったのは、初めてのことだった。柄にもなく立ち尽くしてしまった事に苦笑しながら道具を準備する。邪魔の入る危険のない今回の仕事、仏像に背をむけて床に道具をならべる余裕すらあった。
埃の積もった床に厚手の布をひろげ、仏像を抱えおろそうと向き直る。
いつの間にか、本堂いっぱいに膨れ上がっていた仏像は、燐光をおびた顔に、相もかわらず静かな笑みを浮かべて、しなやかな無数の指をこちらへと伸ばしてきていた。