人生程々
以前に書いていた作品の供養です。
僕に書き切る力があれば続きます。
「へっ、今日は俺の勝ちみたいだな。この金は全部貰ってくぜ!」
ありがとよ、と始澱は机上に放り出された不揃いなコインを掴み席を立った。
ーーーくっそぉ!また負けちまったよ。アイツ、ババ抜き強すぎんぜ。何かイカサマやってんべ、きっと。言うな、ここではイカサマもバレなければ実力の内さ。ちぇっ、次こそ絶対イカサマの種暴いたるわ!ーーー
非難の声が後ろから聞こえる。
その声から逃れるようにして始澱は賭場を立ち去った。
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この世界で大事なのは、程々ってことだ。
これは、死んだ親父の残した言葉だ。
賭け事も女も犯罪もどれもみんな程々が良いと親父は言っていた。
その親父はとうの昔に死んでしまったが。
自分であれほど程々にと言っていた女に騙されて、薬を盛られ金を奪われ、臓器も何処かへ売り飛ばされて、干からびたボロ雑巾みたいになって路地裏に棄てられていた。
窪んだ眼窟を出入りする羽虫達を見て何も言えなくなったのを今でも覚えている。
親父は俺の反面教師になって死んでいったのだ。
そう思うことにした。
自分の食いぶちが増える事が素直に嬉しくもあった。
それに、親父、と呼んではいるもののアレは本当の親父ではない。
だから悲しくは無かったし、むしろその頃は俺が働き詰めで親父は何もしないで飯にありついている、という状況が続いていたため、正直な話お荷物だった。
親父が死んでから俺はその街を出た。
単純に親父を殺した奴等がまだいることが怖かったし、程々という教訓の通りあまり同じ場所に長居はしたくなかったからだ。
それからは街を転々としながら、ある時は賭け事、ある時は窃盗、と程々にという教訓を守りつつその日その日を生き抜いていた。
そんな俺にはこんな生活で生き延びるのにぴったりな能力が備わっていた。
視覚同調だ(俺が勝手にそう呼んでいるだけだが内地の方にはもっと違った呼び方があるのかもしれないが)。
この能力は周囲の誰かの視覚を一方的に覗き見出来るという、賭け事や、窃盗にうってつけの能力で上手く使えれば何だって出来るだろう。
だからこそ親父も俺を家に置いておいたのだと思う。
親父亡き今でもこれのお陰で俺は程々の生活を送れている。
だが、この能力もあまり大っぴらに使えばバレてしまうだろうからやはり程々に使っている。
ここでも程々という言葉は俺を救っているのだ。
やはりこの世界で大事なことは、程々、という言葉より他にはないだろう。
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始澱は小路を歩いていた。
太陽がちょうど小路の真上にきている、昼時だ。
賭場には昨日の夜から居たから、そこから何も食っていない。
間の良いことに今日は中々の掛け金だったから懐が暖かい。
久々に昼から飲みたい気分だった。
「そろそろこの街ともおさらばしたい頃だし……今日はパアッとやるか」
大通りに出て行き付けの店に向かおうとしたところで、始澱は街の異変に気づく。
大通りを埋め尽くさんばかりの人々が大きな荷物を持って内地の方へ向かって移動している。
「降臨祭にはまだ早い時期なのになんでこんな大勢の人がいるんだ」
そんな疑問を抱えつつ始澱は人々の間を縫って行き付けの店へと向かった。
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扉に付けられた鈴がうるさい音を立てる。
空いているカウンター席を見つけて腰を下ろした。
「マスター、いつもの頼むぜ」
「はいよ」
ゴトリ、と酒瓶がそのまま出てくる。
それを豪快に飲み干した後、始澱は大通りの異変について尋ねた。
「ありゃ神秘院の巫女さまからお告げがあったらしい。近々最外地で大規模な災害が起こるってな。そのお陰で最外地から内地へ人が流れてるって訳よ」
「神秘院ねぇ…巫女のお告げなんて本当に当たるのやら……そういやマスター、俺のイチオシの可愛い給仕さんは今日はいねぇのか?」
入店時に辺りを見回したがそれらしい姿はどこにも見受けられなかった。
「あぁ、あの子は今朝方に恋人と一緒に内地で暮らすんだとかいってこの店辞めちまったよ。今頃はもう荷物もまとめて内地へ向かってるんじゃあねぇか?」
「かぁーっ!何てこった。恋人がいたなんて、そいつは良い女性を捕まえたもんだ。羨ましい限りだぜ。ちくしょう、金払ってでも一発やらして貰うんだったなぁ」
「いやぁ、あの子はガードが固いからダメだな。いくらお前さんでも無理だったろうよ」
「な!?ってことはマスターも?」
「あぁ、断られちまったがなぁ」
昼間から下世話な話をしてガハハと盛り上がる二人。
店には始澱以外に人はいなかった。
「今日はもう店仕舞いにするか!」
そう言ってマスターは店の扉を閉めに行った。
今日は良い酒が飲めそうだな、そう思う始澱であった。
読了ありがとうございます。
また次のお話が出れば宜しくお願いします。