メイドは今日も主人を全力でお守りする②
『メイドは今日も主人を全力でお守りする②』
名門貴族、ローランド家。
その子息、ルイス・ローランドを護るのがメイド兼、特殊護衛のメアリーの役目だ。
家庭教師のオースティンを相手にルイスは剣術の稽古をしていた。
ルイスの片手剣の剣先がオースティンの腕を狙うが、簡単に払われてしまう。
対するオースティンは余裕を見せながら軽く攻撃を出す。
成年男性を相手に11歳の少年が挑むのは無体な話ではあるが、稽古とはそういうものだ。
どうにか一太刀を当てようと、今度はオースティンの胸元を目がけて剣先を向けるが、それすらあっさり弾かれてしまった。
弾かれた力を受け止めきれず体が後方へと転びそうになる。
「坊ちゃまーっ!!」
その時、声と共に恐ろしい速さでメイドがルイスの体を抱きとめた。
「大丈夫ですか!? お怪我はありませんか!?」
必死な形相で大事な主人の身を案じる。
顔が近い。目も血走っている。こわい。
ルイスは呆れた声を出した。
「メアリー……。大丈夫だから」
「何を仰いますか! あのような大男を相手に無傷でいられるわけがありません!」
「ひどいですね、メアリー嬢」
大男と呼ばれ、家庭教師のオースティンは防具マスクを外しながら困ったように眉をさげた。
キッとメアリーはオースティンを睨む。
「ここからはわたくしがお相手しますわ。ルイス様の弔い合戦です!」
「勝手に僕を殺すな」
ルイスはメアリーを押しのけて体を起こす。マスクを取ると、とても綺麗な顔が姿を現した。
本当に美しい少年だ。毎日ルイスの顔を見ているメアリーだが、何度見てもうっとりしてしまう。できることならずっと間近で鑑賞していたいくらいだ。
「坊ちゃまのお顔に傷がなくて本当によかったです。万が一、切り傷一つ、痣の一つでもできようものなら、あの家庭教師をお屋敷から生きては帰しませんでした」
「メアリー嬢、それはあんまりですよ」
物騒なことをいうメイドに、オースティンは肩をすくめた。
「生憎私は、ご婦人に向ける剣は持ち合わせていませんよ」
紳士的に振る舞うオースティンにメアリーは冷ややかに見据えた。
「あら、オースティン様、わたくしをその辺の婦人と同じとお思いのなると、大変なことになりましてよ?」
今にもオースティンに挑もうとする気配に、ルイスはメアリーの服の袖を引っ張った。
「メアリー。僕は喉が渇いた。飲み物を用意してくれ」
主人の願いを叶えるのがメイドである自分の務め。メアリーは一瞬で表情を輝かせて「すぐにご用意を! 坊ちゃま!」と言って俊足で部屋を出て行った。
部屋には疲労感の漂う空気だけが残った。
「先生、メイドが申し訳なかったです」
先に口を開き、謝罪したのはルイスだった。オースティンは首を横に振る。
「いやいや。君は本当に愛されているね。あそこまでムキになられて羨ましいよ」
「そうですね。……でも、本当にムキになったのは、先生の最後の言葉ですよ」
「え?」
オースティンが目を丸くした。
「『ご婦人に向ける剣は持ち合わせていませんよ』。メアリーは女だから相手にならないと思われたのが嫌だったみたいですね」
「いや、私はそんなつもりは……」
「ええ、わかっています」
困惑するオースティンにルイスは大人びた笑みを見せる。
「ですが、もしかしたら女性が男性と対等に、いやそれ以上に、上に立つ時代が遠くない将来に訪れるのかもしれませんね」
先見の目がルイスに宿っているように見えた。オースティンはぽかんと口を開いている。
「まあ、あれはそこまで考えていない、ただの単純メイドですけどね」
にこりと綺麗に笑うと、ノックもなしに勢いよく扉が開いた。
「坊ちゃまー! 紅茶のご用意ができました! そのようなむさ苦しい男と話していないで、参りましょう!」
メイドが鼻息荒く捲くし立てると、ルイスは肩をすくめた。
「先生の分もだぞ」
「ええ~」
「ええ~、じゃない」
「かしこまりましたー」
ルイスは渋々棒読みで承諾するメイドに止めを刺した。
「メアリーの入れる紅茶はうまいからな。先生にも飲んでほしいんだ」
主人から祝着至極の言葉にメアリーの思考が停止する。
そして反響する声。
『メアリーの入れる紅茶はうまいからな。先生にも(以下聞こえてない)』
『メアリーの入れる紅茶はうまいからな。(以下消去)』
『メアリーの入れる紅茶はうまいからな。』
メアリーは豪快に鼻血を吹いた。オースティンは悲鳴をあげた。ルイスはいつも通りため息をついた。
こんな幸せなことがあっていいのだろうか。メアリーはふるふると体を震わせる。
そして目を開眼させると愛しの主人に向かって叫んだ。
「ルイス様! メアリーはルイス様に最高の紅茶をお淹れします!!」
「その前に鼻血をとめろ。血しぶきすごいぞ」
ルイスはクールに言った。