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冬の戯れ  作者: 有月 晃
Último Capítulo / 終章
51/52

8. そして、戯れの先へ

本日、以下の三回分更新していますので、ご注意ください。


7. 義兄

8. そして、戯れの先へ(← いまここ)

後序

2009.08.21 8:17



 朝の高速道路を滑るタクシーの中で、いくつか電話をかける。



 まずは美嘉。


 驚きを通り越して笑い始めてしまった彼女に、実家への伝言を委ねる。重責と引き換えに、土産を要求するやけくそ気味の妹。


 だが、この手に転がり込んだ航空券は片道切符だった。土産はしばらく先になりそうだと伝えると、罵りの言葉と苦笑の後に「いってらっしゃい。アスティによろしく」という言葉が、意外に穏やかなトーンで返ってきた。良い妹を持って、オレは幸せ者だ。



 次に、バー「delayディレイ」の店長。


 そのまま少し待てと言われ、携帯のスピーカーからコルク栓を抜く音が伝わってきた。艶やかに揺れるデヴィッド・ボウイのボーカルが大音量で流れ始める。


 いまから残りのオッサン二人を呼び寄せて、朝から祝杯だと叫んでいる。どうあっても、オレを肴にしたいらしい。望むところだ。好きにしてくれ。



 そして、最後に職場。


 帰国予定日を確約出来ないオレに焦れる上席。当たり前だ。社会人としてあり得ないことをオレはしようとしている。しかし、これだけはいくら話しても埒があかない。


 タクシーが空港に滑り込んだのを機に通話を切り上げて、携帯の電源を落とした。解雇されるだろうな、きっと。




 滑走路を望む壁一面のガラスから夏の朝日が射し込み、待合スペースに並ぶ無機質なベンチを暖かく照らしている。


 窓外に目を向ければ、待機中の大型航空機が間近に見えた。白い日差しを浴びて一際、純白に輝く機体。尾翼の青い塗装と、そこだけ赤く染められた両翼のジェットエンジンが誇らしげなコントラストを成している。



 これまでにオレが築いてきた物なんて、すべて置き去りにして構わない。国籍、人種、文化、宗教、言語…… すべて越えて、君に会いにいく。



 空港職員が、穏やかなトーンで搭乗開始をアナウンスする。


 新聞を開いていたアジア系ビジネスパーソン、ペーパーバックに視線を落としていた大柄な白人男性、これから観光に向かうらしい楽しげな中年の日本人観光客の団体。


 雑多な外観の乗客達が、ゆるゆると搭乗ゲートへ向かい始める。



 ジャケットのポケットから、紙片を取り出して広げた。写真の中の赤子は、オレとアスティのどちらに似ているのだろう。うつ伏せになった表情はよく見えない。


 アスティが去ってから、居ても立っても居られなくて調べてみた。これだけ医学が発達したというのに、女性の出産というプロセスだけは恐ろしく原始的でハイリスクに感じられる。いったん分娩室に入ってしまえば、男親に出来ることなんてほとんど何もない。


 そして、早産ともなれば、母子の命は途端に危険に晒される。



 だが、それでもアスティは笑っていた。誇らしげに、こちらに微笑みを浮かべている。


 こぼれ落ちようとする雫を留める為に、目蓋を閉ざす。大丈夫だ。彼女達がやり遂げたことに比べたら、オレがこれから進む道程なんてたいしたことない。



 震える膝を両手で抑えつけて、その勢いで立ち上がる。ジャケットを掴んで、歩き始めた。




 アスティが、生まれたての命が待っている。

 さぁ、そろそろオレも行こう。


 彼女達ともう一度、恋に落ちる為に。




(了)

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