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冬の戯れ  作者: 有月 晃
Primer Capítulo / 第一章
5/52

4. アストリッド

2008.04.03 18:36



 店内に入ると、ショーケースの中に並ぶ色とりどりのアイスクリームが目に入った。随所にパステルカラーを使ったインテリア。こういう場所は正直久し振りで腰が引け気味のオレを尻目に、早速ショーケースに張り付き、端から順に観察し始める彼女。


 幸いなことに、フレーバーの名前を英語でも表記してあって、オレが一つ一つ説明する必要はなさそうだ。店の入口付近にポツンと忘れられたままのスーツケースに手を置いて、店内の涼しい空気にこっそり一息つく。


 今年は暖冬がそのまま春まで続き、まだ初春だというのに外を歩けば少し汗ばむ陽気が続いている。まぁ、この身体の火照りは、それだけが原因ではないのだが……

 ふと、店員の女性と視線があった。学生アルバイトだろうか。手持ち無沙汰そうにこちらのオーダーを待っていた彼女は、オレの視線を捉えると口の端に苦笑いを浮かべた。


「マッテ。スグキメル」


 彼女もその空気を読んだらしい。長い人差し指をピッと顔の前に立てて店員に宣言すると、オレに手招きした。


「キテ」

「え、オレ?」

「アレ、ドンナアジ?」

「えっと、抹茶? 日本のお茶だけど…」

「ワタシ、ソレ。アナタハ?」

「え、オレも食べるの?」

「ハイ。アナタ、タベル。ワタシ、ハラウ、オカネ」


 笑顔でコクコクと頷きながら、告げる彼女。道案内の御礼のつもりらしい。拒否出来そうにない雰囲気に、手近にあったフレーバーの名前を適当に店員に伝える。


「かしこまりました。カップ、コーン、モナカがございますが、どちらになさいますか?」

「モナカ? ナニ?」

「最中はね、日本の伝統的な…… なんだろ。お菓子の一つかな」

「ワタシ、ソレ」


 アイスクリームのオプションとして、最中がラインアップされてるのは少し珍しい。彼女につられて、オレも最中を指定する。


「少々お待ちくださいませ」


 彼女が代金を支払い、席に着いて待つ。夕方の店内は空いていて、彼女は窓際の丸いテーブルを選んだ。


 沈黙。苦し紛れに、手近に置いてあったリーフレットを手に取り、視線を落とす。季節のオススメフレーバーの説明に、端から端まで目を通してしまう。いや、待て。こんな知識必要ないだろ、オレ。抜群に気まずい。何か話さなくては。


 意を決して顔を上げると、彼女が手を振っていた。窓の外に向かって。見ると、3〜4歳の子供が店の外を歩いて行くところだった。その子は、戸惑い気味に手を小さく振り返して、母親と思しき女性に向かって走って行った。


「ミンナ、ミル。ワタシヲ」

「……え?」

「ナゼ? ガイコクジン、メズラシイ?」

「いや、そんなことはないと思うけど……」


「それはただ単に、君が美人だからだよ」と、オレは思い切って彼女に伝えてみた。心の中で。我ながら不甲斐ない。不甲斐なさ過ぎて、店員の呼び掛けにしばらく気付かなかった。彼女が先にスッと立ち上がって、アイスを受け取りに行ってしまう。


 彼女が選んだのは、抹茶アイスの最中サンドという実に日本的な組み合わせ。オレのは、ストロベリーアイスの最中サンド。最中の間からマーブルピンクの可愛いアイスが覗いている。いや、もう今更、これくらいどうってことはない。ないはずだ。落ち着け、オレ。


「イタダキマス」


 目の前で十字を切りながら、伝統的な日本の挨拶を述べる彼女。異文化コミュニケーションとは時に滑稽なものだが、背筋をスッと伸ばして眼を閉じた彼女は、それでも美しい。オレも食前の挨拶を述べて、アイスをかじる。


「オイシイ!」

「ん。そーだね」

「ニホンノタベモノ、オイシイ、ゼンブ」

「そうなの?」

「ハイ。ソレモ、オイシイ?」

「うん。美味しい。有り難う」

「ヨカッタ」


 ここで「一口、味見してみる?」みたいなイケメン台詞とともに手許のアイスを差し出す様な行動は、社会人になってからちゃんとした彼女がいなかったオレには出来ない。代わりに、ストロベリーアイス最中を黙々とかじる。パリパリ……


「ナマエハ?」

「ん? これ? 最中だよ。モナカ」

「チガウ。アナタノナマエ」


 何という間抜け。そういえば、お互い名乗ってなかった。今日のオレは、人としての基本がすっかり抜け落ちているらしい。


「失礼、孝臣たかおみです。日向ひむかい孝臣たかおみ

「ヒムカイ…… タカオミ? タカオミ…… ヒムカイ…… タカオミ……」


 その音の響きを確かめる様に、幾度も口の中で繰り返す彼女。オレが生まれた当時、時代小説にハマってたという親父がつけたこの古風な名前。正直、あまり好きではない。


 だが、目の前の彼女は眼を閉じて、なぜかこめかみに指を二本当て、真剣な表情でオレの名前を呪文の様に繰り返している。


「ヒムカイ・タカオミ。オボエタ」

「え、いいよ。覚えなくて」

「ワタシ、アストリッド。Astridアストリッド Ekdahlエクダール。ヨロシク」


 差し出された手を、軽く握り返す。アイスで冷やされた指がオレの手から体温を少し奪って、そっと離れていった。

 PC、まだ復活せず。まさかのOSリカバリコースか。めんどくさ…


 出会った日の話、書いてたら今回で終われなかったので、あと1回だけ続きます。スミマセン。

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