表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬の戯れ  作者: 有月 晃
Último Capítulo / 終章
45/52

2. forelsket

2009.01.11 22:14



 山肌を伝って吹き降ろす冬風に、コートの襟を立てる。


 胸中はアルコールで火照っていたが、この季節の冷え込みには流石に敵わない。夜道の一人歩きにふと寂しさを覚えて、帰路を急いだ。彼女だけを家に残しておいて、我ながら身勝手なことだ。



「ただいま…… アスティ?」



 室内は既に暗かった。ベッドサイドのランプだけが鈍く灯っていたけど、アスティの姿は見当たらない。玄関には彼女のブーツが置かれていたから、出掛けている訳ではなさそうだけど……


 マフラーを外して、コートをハンガーに掛ける。ふいに水音が聞こえて、トイレの扉が開いた。



「おかえり、孝臣」



 長い髪の隙間から横顔でそれだけ伝えると、アスティはさっさとバスルームへ消えていった。機嫌……悪いのかな。彼女に言われるまま、一人でフラフラと出掛けたのがマズかったか。ワイワイ盛り上がってるオッサン達を振り切って、出来るだけ早く帰ってきたつもりだったんだけど……


 冷蔵庫を開いて、ドアポケットのボトルに手を伸ばす。丸みを帯びた透明のガラス容器、青字のロゴ。スウェーデン製のウォッカ。アスティのお気に入りだ。


 ロックグラスにトニックウォーターを注ぐと、氷塊の表面に無数の気泡が踊る。そこに透き通った蒸留酒を加え、グラスを回して軽く攪拌。一口含んで舌で転がしながら、果物入れを漁る。ライムは……品切れか。レモンを取り出して、フルーツナイフでスライスする。


 背後から白い腕が伸びてきて、オレの首に絡まった。前腕の産毛の間で水滴が光っている。



「ちょっと、危ないよ」


「美味しそうなの飲んでる。一人だけズルい」



 彼女がくすくす笑うと、耳元を熱い息がくすぐる。



「ご機嫌だね。どうしたの?」


「Ingenting. (なんでもないわ)」


「ノルウェー語? 珍しい」


「そう、私ね、いまとーってもご機嫌なの」


「なぜ?」



 尖った顎がオレの肩の上に乗せられ、素肌の脚が絡む。バスローブの下で、彼女の体温が熱い。



「……forelsket.」


「え? なに、それ?」


「んー この言葉はね、ノルウェー語にしかないの。日本語に無理矢理訳すとしたら……『この上ないくらい幸せな恋をしている』みたいな意味かな」


「……そうなの?」


「はい、そうです」


「よくわかんないけど」


「いまから私は、もう一度恋するの」


「誰と?」


「孝臣と。当たり前でしょ」


「やっぱり、よくわかんないんだけど」


「お酒の匂い、凄くしてるよ。外でも飲んできたの?」


「あぁ、そう、またいつもの三人に捕まってさ……」


「フフッ…… ホント仲良し」



 彼女の熱がオレから離れて、ベッドへ向かった。脱ぎ捨てられるバスローブには、微塵の躊躇ためらいもない。薄い唇に髪留めを咥えて、両手を頭の後ろに回すアスティ。濡れて白金に輝く髪を束ねながら、こちらに視線を合わせる。



「あ、ヴィクトルがアスティによろしくってさ。なんかよくわかんないNPO立ち上げるんだって言ってたよ。自然農法とか、自給自足がどうとか…… オレも名義だけ貸すことにした」


「よくわからないNPOなのに、名義貸してあげるの?」


「うん、悪い話じゃなさそうだし。ヴィクトル、眼をキラキラさせてたから。あ、ゴメン、オレだけ飲んできて。アスティも飲むよね?」


「ん、ありがと。でも、いらない。代わりに、こっち来て」



 掌を上に向けて、人差し指で招く仕草。グラスの中身をもう一口含んでから、彼女の横に並ぶ。唇を合わせようとして…… かわされた。



「お酒臭いから、いまはキス禁止。でも、香りだけいただきます」


「え、なにそれ…… って、ちょっと、くすぐったいんだけど」


「酔っ払いさんは寝てて。してあげるから」



 胸を突かれて、ベッドへ押し倒される。後頭部がヘッドボードに当たって、鈍い音を立てた。軽く抗議の声を上げるオレ。クスクス笑いながらこちらを見下ろす彼女。


 白い指がオレの腰を捉えたかと思うと、薄い唇の隙間へゆっくり飲み込まれていった。

久々のアスティさんですが、違和感なく動いてくれました……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ