1. オヤジの戯れ
2009.01.11 20:07
「つまり、アスティちゃんが相手してくれないから、私に慰めて欲しいって訳ね?」
「違います。ただ、静かに酒を飲ませてくれたらそれで良いんですって」
「こんなに美味そうな肴が目の前に座っているというのにですか。臣ちゃん、それは酒場のコンプライアンスに反します」
「おぉ、今夜も集まってんな。おい、オレに焼酎お湯割り。この梅干し、落としてくれや」
「ちょっと! 私のバーに自家製梅干し持ち込むの、やめてくれる? まったく、ほんとデリカシーないんだから。昔からずっとそう……」
しばらく会わない内にオッサン三羽ガラスはさらに交流を深め、その馴染みっぷりはもはや竹馬の友レベルに達していた。
ここはバー「delay」。
この街で数少ない、美味い酒を飲ませてくれる店。
そして、オレの正面、カウンターの中にバー「delay」の店長、左側に鉄板焼き料理「虎鉄」のマスター、そして、右側にはアスティの元上司ヴィクトルという鉄壁の布陣。
また、このパターンだ。
もはや見慣れた風景と言える。
アスティの「ゴメン、せっかくの外食だけど今夜はスキップさせて。食欲ないの」宣言を受けて、街にぶらりと出てみたオレ。公園近くの馴染みの店でするりと蕎麦を手繰れば、途端に手持ち無沙汰に。
で、足の向くままこの店の扉を開いたが運の尽き。まさにいまから、オッサン三人の酒の肴にされようとしている。
「まぁ、それにしても、アスティちゃんを実家に連れて帰ったのは、アンタにしては上出来だったわ。臣ちゃん」
「ええ、年始から快挙でしたね。ですが、その後がどうも煮え切りません」
「人生とは、ままならんものだな。おい、それよりオレのお湯割り、まだか」
カウンターの向こうからゴツい湯呑みが差し出され、それをホクホク顔で受け取る「虎鉄」のマスター。側面に魚の名前が漢字でズラリと並ぶ、例のアレだ。寿司屋か、ここは。
「さて、被告に尋ねるわ。今日、何曜日?」
「え、日曜ですけど。ってか、誰が被告……」
「その通り! 日曜なのよ! 神が与えたもうた休息日。にも関わらず、被告は一人呑気に外食を決め込み、今もまた酒をかっ食らおうとしているわ。暗い部屋に残されたアスティちゃんの心情を思うと、私はもう……」
「いえ、電灯とかフツーにつけてると思いますけど」
「まだそんな事を言うのね! ヴィクトル裁判官! 判決を!」
「被告に遠島申し付ける。流刑地は隠岐の島」
「時代劇の見過ぎでしょ、ヴィクトル」
「あー もう、こんなとこでウダウダ言ってねーで、さっさと帰ってやれよ」
「いや、それはそーなんですけど。ってか、オレを酒の肴にしてるのは誰ですか」
「だから、もういい。帰れ」
「帰りなさい」
「お帰りください」
「え、ちょっと、そんな急に……」
「何よ。自分の家に帰れない理由でもあるの?」
「いや、そんなことないんですけど。ただ、最近こう、なんて言うか……」
「ちょっと、臣ちゃん? アンタ、まさかアスティちゃんにヘンなことしたんじゃ……」
「ち、違いますって! 誤解! 誤解してますよ、店長」
「おい、アレ、貸せよ。ここに一本置いといただろ、オレの柳刃包丁。削ぎ落としてやる」
「削ぎ落とすって、何を!? って、ヴィクトル? さりげなく腕の関節キメるの、やめてもらって良いですか。動けない。ホントに動けないから」
どこまで本気なのか疑わしいオッサン達の酔っ払いトークに翻弄されながら、頭の隅でチラリとアスティのことを思う。
確かに、最近の彼女は何だかちょっと…… 様子がおかしいのだ。ボンヤリと物思いに耽っているかと思えば、急にはしゃぎだしたり、またしんみりと黙り込んだり……
「ヴィクトルさん、そういえばアスティから次の仕事どうするとか、聞いてますか?」
「いえ、特には。ただ、彼女の場合は、お父さんが業界の著名人ですからね。いや、しかし……」
「しかし……?」
「当面はこの業界への風当たりは厳しいでしょう。そんな中、同じキャリアを選択する意思があるのか、その辺は彼女自身でないとわかりません」
「ってか、アンタ達、そんなことも話し合ってないの? 聞けばいいでしょ、本人に」
目の前に置かれたグラスの縁を、粗挽きの塩粒が薄っすら覆っていた。それに唇をつけて乳白色の液体を煽る。グレープフルーツの酸味と、ウォッカの香りが口内を満たす。
店長が言う通りだった。ただ、そろそろ出国の時期も迫ってきていたし、彼女も彼女なりに色々と考えているのだろう。ホントに近いうちに、話をする機会を持たないとな……
この夜オレが持っていたのは、まだその程度の認識でしかなかった。
前回の更新から三ヶ月もあいてしまいました。申し訳ありません。
寒い間に終わらせたいなぁ……




