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冬の戯れ  作者: 有月 晃
Sexto Capítulo / 第六章
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6. 明けましておめでとうございます

2008.12.31 22:41



「もしもし? 聞いたわよ、おばあちゃんと喧嘩したって。で? いまどこに……」


「待て、美嘉。説明してる暇ないんだ。黙って聞いてくれ」


「……なによ、どうしたの?」


「話のわかる妹で助かる。一つ頼みがあるんだけど……」



 手短に用件を伝えて通話を終えると、ギアをローに送り込む。フロントウィンドーの向こうは一面の雪景色。路肩がどこにあるのかすら判別出来ない。久し振りの雪道で事故っては本末転倒だ。焦る気持ちを抑えて、丁寧にクラッチを繋ぐ。


 峠の麓に差し掛かった頃、携帯電話がメールの着信を知らせる。いったん路肩に寄せて、メールを開く。これ以上、山に入ると携帯電話が圏外になってしまう。理想的なタイミングだ。


 件名に病院の名前、本文には緊急外来の電話番号だけが記されている。オレが依頼した通り。良い仕事だ、美嘉。電話はすぐに繋がった。やや無愛想な男性の声。来意を告げて、車を再び発進させる。


 幸いなことに雪は止んでいて、視界は良好。助手席のアスティに視線を向けると、頭部をヘッドレストに預け、静かに眼を閉じている。雪面に反射したヘッドライトが車内に入り込んで、彼女の首筋の血管が青白かった。


「病院、オーケーだって。いまから向かうから」


 アスティの鋭角の顎が、微かに縦に揺れた。オーディオのボリュームをミュートして、ステアリングが伝えてくる路面の感触と、腰に伝わる車体の挙動だけに意識を集中させた。



――――――



 空き家が散見される地方都市の幹線道路沿い、夜闇に唐突に浮かぶ四層の建造物。田舎の小さな家屋に慣れた目には、それはやや威圧的に映る。

 実家の家族は「またあんなハコモノ作って。とりあえず病院建てておけば、年寄りが喜ぶと思ってるのかね……」と顔をしかめていたが、いまのオレには正直、この白々しさが神々しく感じられた。


 深夜の駐車場には数台の車が停まっているのみ。「救急外来受付」の看板が放つ赤い光を認めると、入口のすぐ近くに遠慮なく駐車した。助手席側の扉を開いて、アスティの顔を覗き込む。薄く開かれた目蓋の隙間で、少し充血した瞳が光っている。さっきよりは血色も良いし、落ち着いた様子だ。少し安堵する。



「着いたよ。動かしても大丈夫?」


「ん。ありがと、孝臣。でも、自分で歩ける」


「無理しない方が良いよ。オレが抱っこして行くから」


「……わかった。お願い」



アスティの身体の重みは、おおよそ把握している。彼女の背中とシートの間に右腕を差し入れると、冷たい汗に薄く濡れた彼女の両腕がオレの首に絡んできた。左腕を両膝の下に潜らせると、太腿に力を入れて一息に彼女の身体を掲げる。



「重たい?」


「いや、全然」


「フフッ、嘘。身長ほとんど変わらないから、持ちにくそうだよ」


「ゴメン、少し黙ってて。喋ってるとホントにコケそうだから」



 街灯に白く照らし出された駐車場を、一歩ずつ慎重に進む。救急外来の自動ドアに迎えられて、真新しい市民病院の廊下にたどり着いた。受付付近のベンチにアスティの身体を横たえる。一息つきたいところだが、まだ早い。


 振り返ると、受付カウンターの中の女性と視線が合った。その眼差しには職務として来院者を観察する以上に、明らかな好奇の色が感じられたが、いまはそれどころではない。



「あの、先程電話したものですが」


「あ、えっと、承ってますよ。いま担当の先生呼びますからね」


「お願いします」



 院内電話で短く言葉を交わして、受話器を置く女性。オレの後ろ、ベンチに横たわるアスティにチラリと視線をやりながら、口を開く。



「あの、外国人さん……ですよね」


「ええ、そうです」


「お仕事でいらしてるの? 日本の保険証、持ってるのかしら?」


「あー いや、多分持ってないんじゃないかな。でも、何か医療保険入ってるって言ってた気が……」



 そんなやり取りをしていると、受付カウンター奥の自動扉が開いて、中から別の看護師が姿を見せた。「どうぞ」と診察室へ誘導される。身体を起こしたアスティは落ち着いた様子で、危なげなく徒歩で着いてくる。


 診察室の中には、眼鏡を掛けた若い医師が待っていた。



「えーっと、どうされました?」


「あの、お電話でもさっきお話したんですが。入浴中にビールを飲んでたんです。で、お風呂から上がって、しばらくしたら急に動けなくなってしまって。凄い汗かいてて、呼吸も荒かったので、慌てて連れてきたんです」


「はぁ。風呂でビールですか。良いですねぇ。どれくらいの量ですか? ちょっとお顔見せてください。失礼しますよ」



 事務的な手付きで彼女の顔色を見たり、脈や血圧を測る医師。アスティも大人しく、されるがままになっている。



「えーっと、エクダール……さんですか? 何か持病とかあります?」


「ハイ、エクダールです。孝臣、持病ってなに?」


「んー 長い期間患ってて、なかなか治らない病気のこと。なにかある?」


「ないです。あ、肺と気管、少し弱いけど」


「今回それは関係なさそうですね。酔いが急に回ったんでしょう。ダメですよ、入浴中の飲酒は」


「でも、私、お酒強い……」


「意識もしっかりしてるし、受け答えも問題なし。念の為、少し様子見ますから、そこのベッドでしばらく休んでください。あ、水分補給しときましょうか」


「あ、えっと、それだけ……ですか?」


「多いんですよ、年末年始はね。ちなみに、貴方達が今年初めての患者さんですよ」


「はぁ、今年初めて……? え、もう元旦?」


「えぇ、さっき日付変わりましたよ。明けましておめでとうございます」

とりあえず、お姫様抱っこさせたかったのです。

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