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冬の戯れ  作者: 有月 晃
Sexto Capítulo / 第六章
40/52

4. 古びた茶色の鍵

2008.12.31 13:41



 うっかりしていた。


 アスティに「昼御飯、食べに行こうか」なんて軽く言ったけれど、今日は大晦日。こんな山間部の村に、営業している飲食店なんてある訳がない。


 仕方がないので、淡雪がヒラヒラと舞う山道を小一時間運転して、隣町まで足を伸ばす。


 こんなコンディションの路面を走るのも久し振りだ。案の定、幾度かコーナーの処理をミスって、明後日の方向へ滑り始める車体。


 コースアウトだけは辛うじてまぬがれたが、嫌な汗が背中を伝う。助手席には、嬌声をあげてはしゃぐアスティさん。さすがはヴァイキングの末裔。雪上の浮遊感が、彼女の遺伝子に刻まれたノルウェー海の荒波の記憶を呼び覚ましているのかも知れない。


 隣町になんとかたどり着き、ファミレスチェーン店の駐車場に車を滑り込ませる。緊張でこわばった両手の指を、ステアリングから引き剥がす。指を握ったり開いたりしてほぐしていると、横でヘンな顔をしながら仕草を真似るアスティ。車内を満たす苦笑。


 セントラルキッチンから全国へ配給されたファミレスのメニューは味気なかったけど、すっかり昼飯時を逃した胃袋はそれすら大喜びで迎える。目の前には、黒胡椒ビーフハンバーグ定食をパクパクと口に運ぶアスティ。道中は何も言わなかったけど、彼女も空腹だったはずだ。


 ついでに近くのスーパーマーケットに立ち寄って、それぞれ食べたい物をショッピングカートに放り込む。今夜は二人だけでニューイヤーパーティーだ。


 一年で最高価格をマークしている紅白かまぼこや伊達巻を「コレ、かわいい」とか呟きながらカートに投入するアスティさん。彼女は飲みやすそうな白ワイン、オレは少し辛口の日本酒を選択。

 商品のバーコードを読みながら「どっから来んしゃったね?」と気さくに話し掛けてくるレジの女性。方言を聴き取るのに苦戦しながらも、オレの通訳を頼りに丁寧な対応をするアスティ。


 いつの間にか集まってきたオバちゃん達に見送られながらスーパーマーケットを後にする頃には、西の冬空が澄んだ紫色に染まりつつあった。



――――――



 コテージに戻ると、見覚えのある車が停まっているのに気付いた。白い楔形の直線的なボディ。リトラクタブルライト、ボンネットに細く開いたインタークーラー冷却用の吸気口。マツダが誇る、世界で唯一のロータリーエンジン搭載車。


 軽トラと四駆が日常のアシであるこの近辺で、良い歳してこんな後輪駆動車を転がしているのは一人しかいない。



「よぉ。フラれたんだって?」


「一年振りに会う息子に向かって、開口一番それかよ」



 ひょろりと背の高い男が、車から降りてきた。


 親父は普段、役所勤めをしながら、婿入りした実家の田圃と葡萄畑の世話をしている。いわゆる兼業農家ってやつだ。農繁期を過ぎて久しいというのに、黒く焼けた肌が無駄に健康的だ。


 オレの横に立ったアスティが、小首を傾げる。


「おぉ、君が噂の。背が高いんだね。何センチあるの?」


「おい、親父。女性に向かっていきなり尋ねるか、それ」


「私の身長ですか? えっと…… ちょっとわかりません」


「え、自分の身長なのに? 計ったことないの?」


「自分の身体のサイズ、日本人はみんな把握しているのですか?」


「オレ、身長181cm、体重68kg。孝臣より背高いよ」


「え、あの、えっと……」


「何の自慢だよ。それ」


「初めまして。孝臣の父です。愚息がお世話になってます」


「初め……まして。アストリッドです。え、ホントにお父さん、なの? 凄く若く見える……」


「ウソです。実は孝臣の兄なんです」


「おい、紛らわしい冗談はやめろよ」


「あー 冬の畑は寒かったなー 何か身体が温まるもの、呑みたいなー」



 オレが抱えた日本酒の瓶に熱い視線を注ぎながら、軽口を叩く中年男。オレが物心ついた頃から、ずっとこんな感じだ。悪く言うと、軽薄。良く言っても、チャラい感は否めない。



「おい、息子の酒奪って酒気帯び運転とか、シャレにならないだろ」


「残念でしたー。この村にお巡りさんはいませーん」


「あの、日本の冬の農家ってどんなことしてるんですか?」


「お! 興味ある? さすが孝臣とは違うね。嫁に来ない?」


「おい、親父。その話題は……」


「うちの場合、葡萄作ってるからさ。冬の間は、葉を落とした樹の剪定をしてあげるわけ。職人的な勘が要求される繊細な仕事なんだよ。しかも公務員だから、かなりの優良物件だと思うんだよね、オレ。自己分析バッチリでしょ。どうかな?」


「え、あの、えっと……」


「母さんにチクるからな、今の発言」


「冗談を本気にするなよ、大人げない」


「その言葉、そのまま返す」


「あ! 雪道運転して、せっかく良いモノ持って来てやったのになー」


「……なんだよ」



 にやにやしながら親父が作業着のポケットから取り出したのは、古びた茶色の鍵だった。白い札が太い紐でくくりつけられている。


 この山村の外れに、鄙びた温泉宿がある。地元の老夫婦が道楽でやっていて、予約があった時だけ客を泊める。知る人ぞ知る、秘湯ってやつだ。うちも昔は、法事なんかで親戚が集まる時にお世話になっていた。

 オレとアスティがこのコテージに滞在することを田舎の狭い人間関係から聞きつけた祖母が、無理を言ってそこの湯を使わせてもらえるように頼んでくれたらしい。


 正月ということもあってさすがに宿泊は無理だったけど、コテージ備え付けの小さなユニットバスよりは遥かにくつろげる。「じゃ、そーゆーことで」と最後まで軽い感じで去っていく親父。


 遠ざかっていくテールランプを見送りながら、心の内で祖母に感謝した。

 衝動的に書き始めた本作も、今回でなんと第40話になりました。


 お付き合いくださってる読者の方々に御礼申し上げるとともに、更新ペースが最近落ちてしまってること、謝らせて頂きます。


 今後はできるだけ週一くらい(毎週末?)の定期更新をキープしつつ、結末に向けて言葉を紡いでいきたいと思っています。


完結の目処は年内、50話くらいかな?って感触でいます。よろしければ、最後までお付き合い頂けましたら幸いです。

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