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冬の戯れ  作者: 有月 晃
Quinto Capítulo / 第五章
36/52

8. 己との戦い

2008.12.19 20:08



 フライパンに薄く油を引き、帰りにスーパーで仕入れたソーセージと牛肉の細切れを炒める。冷蔵庫の中にあったいくつかの野菜を、フードプロセッサーで微塵切りにして投入。食材が馴染んできたら水を注いで、香り付けにローリエの葉を一枚。


 弱火で蓋をしてしばらく放置しつつ、リビングから聞こえてくる会話に耳を傾ける。


「ちょっと、アストリッド……さん」

「アスティ、と呼んでください」

「えっと……じゃ、アスティ」

「なんでしょうか、美嘉みか

「その福神漬け、一人で全部食べるつもり?」

「え、このピクルス、私の前に置いてあったから、てっきり私のだと……ゴメンナサイ」

「いや、あの、別に謝ってもらう程のことじゃないんだけど。ただ、そういうのはみんなで分けるのよ、日本では」

「なるほど。勉強になります」

「あ、あの、このらっきょも美味しいから。食べてみる?」

「痛み入ります」

「いたみいり……どこで覚えたの、その古風な日本語?」


 苦笑いしつつ、火をいったん止める。カレールゥを投入、木ベラでゆっくりかき混ぜて、最後にケチャップ、ソース、インスタントコーヒーで味を整えて完成。


 しかし、どうしたものかな、この状況。予想通りと言うか、なんと言うか。二人ともとにかくぎこちない。まぁ、すべてはいきなり来た妹のせいなんだけど。


「お待たせ。出来たよ」

「兄さん、おーそーいー」

「お待たせされました、孝臣」

「へいへい。アスティがご飯炊いておいてくれたから、早く出来たよ。ありがとう」

「どういたしまして。じゃ、いただきまーす」

「ちょっと。私も買物に付き合ったんですけどー」

「お前、オレについてきただけだろ」

「むー 美味しそうに食べるわね、アスティ……って、からっ! どんなカレールゥ使ってんのよ!?」

「ん? 売り場にあった辛そうなヤツを二種類テキトーにブレンド」

「そう言えば辛党だっけ、兄さん……」

「カレーとは即ち、己との戦い。常に一段上の辛さに挑戦し続けるのだ」

「バカじゃないの。意味わかんない」


 早くも水のお代わりをしている美嘉みかを尻目に、どんどん口に運ぶアスティ。その口角が少し上がって見えたのは、気のせいではないだろう。

 オレもスプーンを手に取って、口に運ぶ。うむ。芳醇なスパイスの香りを辛味がキリッと引き締めていて、急いでテキトーに作ったにしては悪くない出来だ。日本のカレールゥ、万歳。


「ってかさ、どこで知り合ったの、こちらの……アスティさん」

「うん、いや、色々あって」

「駅前のタクシー乗り場。孝臣、助けてくれました」

「あぁ、なんか昔からよく人を助けるのよね。お人好しだから」

「はい。良い人です、孝臣」

「……って、それだけ?」

「いや、だから色々あったんだって。照れ臭いから省略。兄貴の恋愛話とか聞きたくないだろ、フツー」


 なんだかんだ言いつつ、カレー完食。手持ち無沙汰な状況を誤魔化す為に、冷蔵庫にビールを取りに行く。つまみに、チーズとトマトをまな板の上でトントンと。オリーブオイルでサッとあえて、バジルを散らす。うーん。ワインの方が合うんだけど、あいにく切らしてるんだよなぁ。


「これ、凄く美味しいです、孝臣」

「え、ありがとう。いつも大した物じゃなくてゴメン」

「いいえ、とんでもない。日本の食べ物はとても美味しい。もはや奇跡です。貴方は魔法使いです」

「そんなに褒めてもらうと……いや、そうなのかな? どう思う、美嘉」

「こんなのトマトとチーズ切って、皿に並べただけでしょ」

「お前ね……まぁ、実際そうなんだけど」


 なんとも会話が続かない。そうこうしてるうちに、食べ終わったアスティが食器を片付けに行ってしまった。我が家では、主にオレが料理を用意して、アスティが片付けるという役割分担がいつの間にか出来ている。


 キッチンから水音が聞こえ始めると、いきなり距離を詰めてきて隣に座る美嘉。茶色の瞳が、すぐ近くからオレを見上げる。


「な、なんだよ」

「なんだよ、じゃないでしょ。今年のお正月、どうするつもりなのよ」

「ん、もちろん実家帰るつもりしてるけど。仕事の都合でたぶん大晦日になるかな」

「あの人、連れて?」

「……あ」

「知らないわよ、親戚みんな集まるのに」

「んー まずは母さんに相談してみるかなぁ。お前からもそれとなく伝えといてくれる?」

「どうやって『それとなく』伝えるのよ、あんなインパクトある人。無理でしょ」

「……やっぱり?」


 気が付けば、今年も残すところ数えるほどになってしまっている。年始に誓った抱負は何だっただろうか。記憶を探っても何も思い出せない。いずれにせよ、年末にこんな状況になっているとは流石に想像していなかった。


 実家の家族の反応を思い浮かべながらビールを口に運んでいると、背後に人の気配。細い手が伸びてきてオレのグラスを奪ったかと思うと、すぐ後ろで液体を嚥下する音が聞こえてくる。洗い物が終わったらしい。


 肩に置かれた彼女の腕に手を添えて、ねぎらいの意を伝える。前の席で美嘉が物言いたげに肩を竦めた。

長い夏休みもらってたんですが、そろそろ再始動しようかなと。

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