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冬の戯れ  作者: 有月 晃
Quinto Capítulo / 第五章
33/52

5. 焦げ茶色に照り輝くアレ

【注意】お食事中の方は読んじゃダメ。絶対。

2008.12.08 20:32



 今日も結局、仕事で遅くなってしまった。


 真っ黒な海に浮かぶ数隻の漁船の灯りをぼんやり眺めていると、車内アナウンスが「潮見坂しおみざか駅」と告げる。


「ゴメン、遅くなった。晩ご飯、どうする?」

「まだ食べてない。待ってる」

「お寿司でも買って帰るよ」

「大好き。お寿司、よろしく」


 車中でアスティとメールをやり取りした結果、今夜の晩ご飯はお寿司に決定。


 最後の「大好き」の目的語は何だろう。「お寿司、大好き」だろうか。もしくは、少し自惚れて「孝臣、大好き」か。いや、「お寿司を買ってきてくれる孝臣、大好き」あたりが妥当な落とし所だろう。


 商店街の遅くまで営業してるスーパーマーケットで、割引シールが貼られた握り寿司を二人前お買い上げ。ついでに、デザート用の果物とヨーグルトも買物カゴに入れる。


 衝動的に始まった彼女との共同生活は、早くも一ヶ月を過ぎた。今のところ大きな喧嘩もなく、存外穏やかな日々を過ごしている、と自分では思っている。

 ただ、互いに異なる文化で育った者同士、日常生活の中で遭遇する些細な驚き、というのは結構あったりする。


「ただいまー」

「あ、おかえりー。ね、孝臣、ちょっと来て」

「ん? なに」

「変わった虫、捕まえたの」

「へぇ、冬なのに?」

「そう。ベランダにいた。なんだか弱ってるみたい」


 なにやら興奮気味のアスティに手を引かれて、ベランダへ出る。彼女が指差す先には、食べ終わったプリンの半透明の容器が伏せて置かれていた。

 その中に捕獲されているのは、全長3〜4センチ程のアーモンド型の身体を持つ生き物。二本の触角、細長い三対の脚、そして独特の光沢を放つ焦げ茶色の羽根……


「あー それ、ゴ○ブリだよ」

「ゴ○ブリ? なにそれ?」

「英語だとcockroachコックローチ。スペイン語は……」

cucarachaクカラチャ! へー、初めて見た!」

「え、ノルウェーにはいないの?」

「んー 兄さんが、南部の飲食店で一回だけ見たことあるって言ってかな」


 彼女はプリンの容器に顔を寄せて、珍しそうに観察している。日本人なら、まず取らない行動だろう。オレは台所に戻ると、使い捨ての割り箸を持ってきた。パキンッと割って、排除対象に近付く。


「え、なんでお箸!? 食べるの、孝臣?」

「いや、そんな訳ないでしょ。お帰り願うだけだよ」

「でも、なんでお箸なの?」

「直接触りたくないから」

「私、さっき触ったよ。ただの昆虫だよね? 毒ないよね?」

「……いまからお寿司食べるから、手洗ってきてください」


 暖かい時期には異常な敏捷性を誇る害虫だが、寒さで弱っているのだろう。割り箸であっさりと捕獲成功。ベランダから闇夜に向かって彼(彼女?)を放り投げて、しばし残心の姿勢を取る。

 割り箸をそのままゴミ箱へ放り込み、鍛え上げられた箸技術を賞賛する拍手に迎えられながら室内へ。何だろう。仕事終えて帰ってきてみたらもう一仕事待っていた、みたいな感じ。


 寿司を嬉しそうに頬張るヴァイキングの末裔。お気に入りのネタはサーモンではなくなぜかイクラだったりするが、最近は恐々ながらも少量の山葵わさびにもトライしてたり。


 お腹が満たされて幸せそうな彼女の顔を眺めながら、感覚って人それぞれだよね……とお茶をすするのだった。

北欧でも南部には結構いるらしいです、アレ。

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