2. マイノリティ
2008.12.05 17:56
金曜夕方のオフィス街を、アスティと並んで歩く。
街並みにはまだ活気があるけど、なかにはオレみたいに定時退社に成功したらしい会社員の姿も見受けられた。彼らの足取りも心なしか軽い。
そして、オレの横で気まずそうな顔をしているヴァイキングの末裔さん。
「孝臣、ゴメン。会社まで行く気はなかったの」
「ん。そーだろうね」
「ただ、どんな職場なのかは正直、前から興味があった。だから、待ち合わせまで時間もあったし、ビルエントランスのフロア案内で社名を探してたら……」
「外国人が困っていると勘違いした受付係が、わざわざ案内してくれたと」
「だいたい、そんなとこ」
今週の仕事の目処が立ったので、夕方に職場近くでアスティと待ち合わせすることにした。目的はショッピングと食事。というのも、彼女が冬服をあまり持参していなかったからだ。
日本の冬がどんな気候なのかよくわからなかったので、生まれ育った環境から寒さに強い彼女は、必要な服を現地調達するつもりだったらしい。
しかし……
職場の同僚に恋人を見られるというのは、何とも言えない気恥ずかしさがあるものだが、それだけじゃない。自分でも正体のわからないモヤモヤを、浅い溜息に混ぜて吐き出す。
これはアスティのせいじゃないし、もちろん、親切な受付係のせいでもなかった。やはり職場を去り際に聞こえたあの一言だ。
「金髪」。
彼に悪気はなかっただろう。明らかな蔑称という訳でもないし、ただ単に「ブロンド髪の白人」程度の意味で使ったのだろう。
だが、何かが引っ掛かった。
それは……
「孝臣、なに考えてるの」
「いや、ちょっと」
「当ててみようか」
「わかるの、アスティ?」
「さっき、会社出る時に何か言われてた」
「あー まぁ、そうだね」
「なんて言ったの、あの人」
「いや、それは……」
「言って。だいたい想像つくから」
「スゲェ、金髪じゃん。彼女かよ、日向?って」
「凄い。全部、正解だわ。私、アストリッドは金髪で孝臣の彼女ですよ。あの人、超能力者?」
ニットキャップの下から伸びる髪を指先でまとめて筆の様に持ち、オレの鼻先をくすぐるアスティ。顔をしかめて「ウザい」と伝えるが、彼女は楽しそうに笑っている。
「この国だとマイノリティだもの、私。無遠慮にジロジロ見られたり、満員電車なのに私の隣だけ誰も座らなかったり…… もう慣れたわ」
「そういう問題かな。なんか腹立つんだよ…… アスティを『金髪』って見た目だけの言葉で一括りにされたみたいで…… オレの考え過ぎかな?」
「んー そうねー……」
夕空に視線を向けるアスティ。そのまま目を細めて言葉を探している。
「聞いて、孝臣。私の国では白い肌、金髪、青い眼なんてまったく珍しくないの。私はお父さんの眼を受け継いだから緑だけどね」
「お父さんの…… そうだったんだ。知らなかった」
「最近は移民を受け入れて色んな人種が入ってきてるけど、それでも私の国で『金髪』って言っても、誰のことだか全然わからない。私がマジョリティ、貴方がマイノリティになるの。ちょうど私の兄みたいに」
「中国から養子縁組したんだっけ、お兄さん」
「そう。で、例えば、アジア系だという理由で誰かが兄を侮辱したら……実際そういうこともあったんだけど…… 私はもちろん怒るわ。それは貴方が侮辱された場合も同じ」
「ん。想像しただけで物凄く腹が立つ」
「ここまでオーケーね。で、さっきのケースに話が戻るんだけど」
アスティが唇の前でピッと人差し指を立てる。彼女の定番の仕草だ。こうして話している時の彼女は、理知的な雰囲気を纏っている。
「考えてみて。さっきのはそこまでのケースだった? 言葉のニュアンスには無頓着でも、あの人に私を直接に侮辱する意図はきっとなかった。違う?」
「侮辱する意図がなかったから、オレが怒るのは間違ってるってこと?」
「そうじゃない。だけど…… コレは私の個人的な印象なんだけど。日本人はとてもシャイで、外国人にもまだまだ慣れてない。でも、ちゃんと話をすれば、ほとんどの人はとても善良なの。ちょうど出会った頃の貴方みたいに」
オレは黙って聞いていた。彼女の薄翠色の瞳が、オレの反応を確かめようと至近距離から見つめてくる。夕陽に縁取られた彼女はやはり美しくて、眩しさに眼を細めてしまう。
「孝臣が怒ってる理由はわかるけれど、いま、貴方と私の時間は有限だわ。それを、そういう人達とのディスカッションや、人種差別問題に取り組むことに使いたくないの」
彼女がごく自然に口にした一言が、オレの心に影をおとす。気が付けば、彼女と一緒に暮らす様になって一ヶ月が過ぎていた。
やがてこの国を去らなくてはいけないアスティは、オレよりもずっと鮮明に終わりを意識しているんだろう。
彼女の口元がフッと優しく緩んだ。
「いま私が悲しいのはね、せっかくの金曜夜のデートなのに、ボーイフレンドがご機嫌ナナメなことよ」
「あー…… うん、それは確かにそうだね。ゴメン」
「いま一緒に過ごせるこの瞬間を楽しみたいの。私に集中して。もっと私だけを見て」
オレは一つ大きく息を吐いて気分を入れ替えると、彼女の手を握り直して駅への道を歩き始めた。
んー 上手く書き切った感触得られないままなのですが、思い切ってアップしてしまいます。ご感想頂けると嬉しいです。




