1. 金髪(キンパツ)
2008.12.05 17:47
パソコンの電源を落として、デスクの上を片付ける。週末に目を通しておきたい資料をいくつかピックアップして、仕事カバンの中へ。
「お、今日も早いんだな、日向君」
「はい、ちょっと人と会う約束がありまして。お先に失礼します」
直属の上司に、出来るだけ愛想良く答える。今週のタスクは全てこなし、臨時で発生した案件も処理、報告済み。来週の仕事も前倒しでいくつか手をつけてあるし、関係者への根回しも進行中。出来るだけのことはやったつもりだ。
「そうか。最近の君は仕事にメリハリがついてきたな」
「はぁ、そうでしょうか」
「うむ。責任感を持って、積極的に取り組んでるその感じ、悪くないぞ。何かあったか」
「いや、特にこれといっては…… でも、有り難うございます」
上司は仕事の要求水準が高く、滅多なことでは部下にポジティブな言葉を掛けることがない。その人が、珍しく褒めてくれている。自席で立ち上がって頭を下げた。
何かあったか、と問われるともちろんアスティの顔が浮かぶ。彼女と過ごす時間を出来るだけ多く確保したい、というのが唯一にして最大のモチベーションだが、そんなことをわざわざ職場の誰かに話す気もない。
周囲の席から飛んでくる冷やかしの視線にこっそり肩を竦めながら、速やかに退社すべく仕事カバンに手を伸ばそうとして、背後に人の気配を感じた。
振り返ると、事務員の女性が立っている。何かに困っていて、でも同時に笑いを堪えている様な微妙な表情をしている。
「失礼します。あの、お帰り際にすみません。日向さんにご来客みたいなんですけど……」
「え、こんな時刻にアポなんて入れてないはずですが」
一体誰だろう。担当している中で、いきなり訪問してきそうなクライアントが数件浮かぶ。しかし、応接スペースに目を向けたオレは、そのまま固まった。
そこに立っていたのは、ベージュのローゲージで編まれたゆったりとしたハイネックニットに、細身のパンツ姿の長身の女性。無造作にかぶったニットキャップの下からシルクの様に白く輝く髪が伸びていて、一目で外国人だとわかる。
いや、仮に彼女が背を向けて立っていたり、髪が見えなかったとしても関係ない。どんな服装で、人混みの中で待ち合わせしても、オレの視覚は彼女を最優先で認識するようになっていた。
「あの、どうしますか」
「あ、いや、あの人と一緒に出ますので。特に対応して頂く必要はありません」
さっきとは違った種類の冷やかしの視線を全力で無視しながら、足早に応接スペースへ向かう。オレに気付いたアスティも小さく手を振りながら、なんだか複雑な表情をしている。
同期の男性社員の席を通り過ぎる時に、小さな囁きが聞こえた。
「スゲェ、金髪じゃん。いまからデートかよ、日向?」
思わず足を止めて、振り返った。自信がある。その瞬間のオレの顔には、怒りが浮かんでいたはずだ。彼は一瞬怯んでから、両手を広げて肩をすくめた。
何とも言えない気まずい雰囲気を振り切って、オレはアスティと一緒に職場を出た。
このエピソードは書き方が難しくて悩みまくり、なかなかアップ出来ませんでした。
次回分、だいたい仕上がってるのですがまだ悩んでます……




