4. 塵に帰すべし
2008.11.02 23:14
カーテンの隙間から入り込んだ微かな月明かりを、青白く反射する肢体。激しく乱れた呼吸に合わせて、汗に濡れた肋骨が浮き沈みしている。
喉下の窪みに溜まった液体を指先ですくって、優雅に弧を描く鎖骨に沿って伸ばしていく。くすぐったそうに喉を反らせるアスティ。生温い気怠さに煙る意識の片隅で、その動物的な仕草がオレに何かを連想させる。何だろう。寒冷地に生息していて、しなやかな身体を持つ生き物。例えば、雪豹か。
身体を離そうとしたオレの動きが、首に絡まった腕と十字に交差させた脚で封じられる。再び彼女の内側を感じる。
「ダメ。このまま眠らせて、孝臣。いまとってもいい気分だから」
彼女はシャイなくせに、一線を越えると驚くほど貪欲に、ありのままをさらけ出した。互いに拙く荒削りな行為だったが、そんなことにはお構いなし。気持ちのままにひたすら何度も求め合う。
「いや、このままって……ホントにこのまま?」
「朝になったら溶けて一つになってないかな。そしたらずっといい気分でいられるのに」
「アスティって数字の世界に生きてる割には、なんて言うか……」
「あ、いま何か失礼なこと考えてる」
薄い唇を歪めて、拗ねてみせる彼女。だが、乱れた髪を手櫛で梳かしてやると、すぐに蕩けて穏やかな表情になった。
「日本人の得意分野は経済とテクノロジーだけじゃなかったんだ」
「なにそのステレオタイプ」
「この女たらし」
「不当な評価に抗議します」
「ただし、私専用の女たらし」
「抗議を取り下げます」
「素直で大変よろしい」
真面目ぶった表情で頷く彼女に、思わず吹き出すオレ。アスティもつられて笑い出す。白い歯が薄闇に浮かぶ。単純な動作を何時間も飽きることなく繰り返して、二人とも妙なテンションだった。
そのうちに、笑い声と下腹部の内圧がシンクロして、ふとした拍子にこぼれ落ちた。素早く脚を絡めてくる彼女。逃げるオレ。余計におかしくて、笑いが止まらない。
「ちょっと、孝臣。真面目にして」
「こんな時に真面目にっておかしくない?」
「私の要求には誠実に応えて、って意味よ」
「真面目といえばさ、言いそびれてたんだけど」
「なによ? いまさら既婚者だとか言ってももう遅いんだから」
「いや、明日以降のスケジュールについて」
「はぁ、日本人てホントに真面目よね」
「明日は月曜だから仕事行ってくるよ」
「あー それ最低。聞きたくなかった」
「出来るだけ早く帰るから。昼間はこの部屋、好きに使ってくれていい」
「いつまで?」
「好きなだけ」
「Porque polvo eres y a polvo volverás. (汝は塵なれば、塵に帰すべし)」
唐突に十字架を切りながら、芝居掛かった口調で呟く彼女。
「なにそれ」
「旧約聖書。お葬式の祈りの一節」
「流石に気が早くない? いや、長いのか」
「どっちでもいいわ…… 今夜はもう考えたくない……」
最後の言葉は欠伸に呑み込まれていった。オレの腕を抱え込みながら、身体を丸めて背中を押し付けてくるアスティ。身長が近いせいか、ゆったりと全身が密着する。
細かく波打つ彼女の髪を束ねて、うなじに唇を寄せる。微かに潮の香りがした。毛布に潜り込むとにわかに気怠さがこみ上げてきて、オレの意識もすぐに滑り落ちていった。
お昼休み更新なのに。R-15、オーケーですよね…?




