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冬の戯れ  作者: 有月 晃
Cuarto Capítulo / 第四章
27/52

4. 塵に帰すべし

2008.11.02 23:14



 カーテンの隙間から入り込んだ微かな月明かりを、青白く反射する肢体。激しく乱れた呼吸に合わせて、汗に濡れた肋骨が浮き沈みしている。


 喉下の窪みに溜まった液体を指先ですくって、優雅に弧を描く鎖骨に沿って伸ばしていく。くすぐったそうに喉を反らせるアスティ。生温い気怠さに煙る意識の片隅で、その動物的な仕草がオレに何かを連想させる。何だろう。寒冷地に生息していて、しなやかな身体を持つ生き物。例えば、雪豹か。


 身体を離そうとしたオレの動きが、首に絡まった腕と十字に交差させた脚で封じられる。再び彼女の内側を感じる。


「ダメ。このまま眠らせて、孝臣。いまとってもいい気分だから」


 彼女はシャイなくせに、一線を越えると驚くほど貪欲に、ありのままをさらけ出した。互いにつたなく荒削りな行為だったが、そんなことにはお構いなし。気持ちのままにひたすら何度も求め合う。


「いや、このままって……ホントにこのまま?」

「朝になったら溶けて一つになってないかな。そしたらずっといい気分でいられるのに」

「アスティって数字の世界に生きてる割には、なんて言うか……」

「あ、いま何か失礼なこと考えてる」


 薄い唇を歪めて、ねてみせる彼女。だが、乱れた髪を手櫛てぐしかしてやると、すぐにとろけて穏やかな表情になった。


「日本人の得意分野は経済とテクノロジーだけじゃなかったんだ」

「なにそのステレオタイプ」

「この女たらし」

「不当な評価に抗議します」

「ただし、私専用の女たらし」

「抗議を取り下げます」

「素直で大変よろしい」


 真面目ぶった表情で頷く彼女に、思わず吹き出すオレ。アスティもつられて笑い出す。白い歯が薄闇に浮かぶ。単純な動作を何時間も飽きることなく繰り返して、二人とも妙なテンションだった。


 そのうちに、笑い声と下腹部の内圧がシンクロして、ふとした拍子にこぼれ落ちた。素早く脚を絡めてくる彼女。逃げるオレ。余計におかしくて、笑いが止まらない。


「ちょっと、孝臣。真面目にして」

「こんな時に真面目にっておかしくない?」

「私の要求には誠実に応えて、って意味よ」

「真面目といえばさ、言いそびれてたんだけど」

「なによ? いまさら既婚者だとか言ってももう遅いんだから」

「いや、明日以降のスケジュールについて」

「はぁ、日本人てホントに真面目よね」

「明日は月曜だから仕事行ってくるよ」

「あー それ最低。聞きたくなかった」

「出来るだけ早く帰るから。昼間はこの部屋、好きに使ってくれていい」

「いつまで?」

「好きなだけ」

「Porque polvo eres y a polvo volverás. (汝は塵なれば、塵に帰すべし)」


 唐突に十字架を切りながら、芝居掛かった口調で呟く彼女。


「なにそれ」

「旧約聖書。お葬式の祈りの一節」

「流石に気が早くない? いや、長いのか」

「どっちでもいいわ…… 今夜はもう考えたくない……」


 最後の言葉は欠伸に呑み込まれていった。オレの腕を抱え込みながら、身体を丸めて背中を押し付けてくるアスティ。身長が近いせいか、ゆったりと全身が密着する。


 細かく波打つ彼女の髪を束ねて、うなじに唇を寄せる。微かに潮の香りがした。毛布に潜り込むとにわかに気怠さがこみ上げてきて、オレの意識もすぐに滑り落ちていった。

 お昼休み更新なのに。R-15、オーケーですよね…?

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