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冬の戯れ  作者: 有月 晃
Tercer Capítulo / 第三章
23/52

7. 最終電車

2008.11.01 23:02



 初冬の駅に立つオレと彼女。


 最終電車のアナウンスが流れ、見慣れた塗装の通勤車両がプラットホームに滑り込んできた。


 車両が連れてきた風をはらんで、彼女の細い髪が舞う。


「最終電車だよ」

「そうね」


 何気ない振りをよそおったつもりの言葉が、掠れて上手く発音出来ない。心の中は全く違う言葉で一杯だったから。


 乱れた髪を無造作に手櫛で後ろへ撫で付けながら、彼女のもの言いたげな翡翠色の瞳はオレの胸のあたりを見つめたまま離れない。


 ホームにアナウンスが流れ、発車のベルが鳴り響く。都市部とベッドタウンを結ぶ路線。休日の最終電車は乗客も少ない。


「これに乗らないと明日の飛行機に……」

「わかってるわ」


 やがて、オレに向けられていた彼女の視線がスッと足元へ落ちた。長い髪がその表情を隠して、彼女の爪先がゆっくりと電車の扉へ向いていく。


 あの瞬間、気が付いたら心の中から言葉がこぼれ落ちていた。その言葉が彼女とオレのこれからに与える影響を、わかっていたのだろうか。


「君が好きだ」


 彼女の背中が、少し跳ねた様に見えた。プラットホームの照明に縁取られた小さな頭部が少しだけこちらを向いて、横顔のシルエットを見せる。

 小さな額と、少しアンバランスなくらい高く通った鼻梁。黄金色の薄い眉の下で、濡れている大きな瞳。


 プラットホームを吹き抜ける冷気に、長い睫毛が震えていた。


「……なに言ってるの」

「えっと、だから、オレは君のことが……」

「それは聞こえたわ」

「いや、その、ごめん」

「なぜ謝るの」

「それは、その」

「いい加減にして」


 オレの胸に刺されとばかりに、唐突に突き付けられる、白くて細い指先。何か言おうと開かれる唇。

 だが、言葉よりも先に涙がこぼれ落ちた。そのことに自分でも驚いているらしく、翡翠色の大きな瞳が、一際大きく見開かれる。


 プラットホームにもう一度流れる発車のアナウンスが、乗車の意志をしつこく確認する。彼女は動かない。オレも動けない。


 突き付けられていた指が、いつの間にかオレのシャツを小さく握って震えている。彼女の細い鼻から、微かに溜息が漏れた。


 目の前で電車の扉が閉まり、車輪が軋みながら回転を始める。


 駅員がチラリとこちらに視線を向けると、改札へ向かっていった。最終電車に乗らないならさっさと駅から出ていけ、ということだろう。


 ドン、と胸に何かが当たり、視線を下へ向けると彼女の頭があった。細い髪がオレの頬に当たってくすぐったいが、手で払うと怒られそうなので我慢する。


 左の掌を後頭部にそっと添えた。初めて触る頭蓋骨の感触、その小ささに密かに驚く。

 シャツを掴んでいた彼女の指が離れたかと思うと、そのまま腕に沿って降りてきて、オレの手を捕まえる。


 言葉はない。そのまま歩き始めようとする彼女。


「ちょっと待って」

「どうして」

「いや、だから、ちょっと待ってって」

「いまさら何言ってるの。もう遅いわ」

「そうじゃなくて。スーツケース! 君の!」


 ピタリと動きを止めた彼女の視線が、オレの顔と背後のスーツケースを幾度か往復したかと思うと、背を折って笑い始めた。


「あぁ、こういう時、必ず失敗するのよ、私」

「オレが運ぶよ」

「そう? 別にここに置いといても良いけど」

「本気で言ってる?」

「かなり本気。もういらないから、ほっといたら?」


 彼女の言葉に半信半疑ながらも、スーツケースを取りに戻るオレ。振り返ると、肩をすくめながら唇をヘンな形に歪めている彼女。


 こんな風にして、オレと彼女は一緒に暮らし始めた。それは冬のほんのひと時、限られた日々のたわむれ。

第三章、終了。

次回からはかなり甘い感じになる予定です。

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