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冬の戯れ  作者: 有月 晃
Tercer Capítulo / 第三章
22/52

6. 心の中の言葉

2008.11.01 22:29



「貴方は、私の何?」


 アスティの言葉を何度も反芻する。だが、何度考えてもその答えは明白だった。


「オレは彼女の何でもない」


 言葉にすると、それは予想以上の鋭さを持って胸をえぐる。だけど、これは紛れもない事実だ。


 日本へ赴任してきた彼女と出会って半年が経つ。その間、少なくない時間を彼女と過ごしてきた。だが、彼女とオレの関係はせいぜいが友人といったところ。それ以上には踏み込めなかった。


 なぜだろう? 彼女が外国人だから?

 それとも、人種が違うから?


 自分の胸に問う。確かに彼女とオレには違うところがたくさんある。でも、それは彼女が日本人だったとしても同じことだろう。要は程度の問題だ。

 それに、彼女との違いを見つけるのは、むしろ楽しいと感じる。少なくとも、言語の違いは努力でカバー出来ることを、この半年で彼女と一緒に学んだ。


 国籍の違いがもたらすものは何だろう。会いに行く為にビザが必要? 渡航費用が掛かる? そんなことはいま考えても仕方ない。


 何が引っ掛かっている? 美人過ぎることか? これは多少、自覚がある。人並みな容姿と恋愛経験しか持たないオレは正直、彼女に気後れしている。でも、なぜだかわからないけど、彼女自身は自分の容姿をあまり誇っていないらしい。


 後は、彼女の性格? 掴み所がないというか、知性と無邪気さがアンバランスに同居していて、持て余し気味だ。でも、それも彼女の魅力だと感じる。


 ダメだ。オレはどうもグダグダ考え過ぎる癖がある。答えはきっとシンプルで。立てるべき問いもさらにシンプルなはずだ。


 それはきっと……


 くぐもった鳴動音が部屋のどこかから聞こえて、思考にカットインしてくる。


 さっき脱いだジーンズのポケットの中で、携帯電話が着信を知らせているのだと気付いて、慌てて手を伸ばす。発信者を確認する余裕もないまま、通話ボタンを押して耳に当てる。


日向ひむかいです」

「そんなのわかってるわよ、このドヘタレが」


 バー「delayディレイ」の店長の野太い声が聞こえてきた。なんだか剣呑な雰囲気だ。


「なんだ、店長ですか。あの、いまちょっとダベってる気分じゃないんで、また今度に……」

「救い様のないバカね。いまヴィっくんが店に来てるのよ。いい? よく聞きなさい」

「ヴィクトルが?」

「ついさっき、ヴィっくん宛てにアスティちゃんから連絡があって。彼女ね、明日の飛行機で帰っちゃうそうよ。今夜の終電で移動して、それでもうサヨナラよ」


 反射的に時計に目を向ける。上りの最終電車が出るまで、残り30分しかない。また携帯電話が鳴動する。


 今度はメールの着信。発信者はアスティ。電話の向こうでまだしゃべってる店長との通話を繋いだまま、メールを開く。




親愛なる孝臣たかおみ


 貴方に二つ伝えたいことがあります。


 まず、一つ。

 さっきはごめんなさい。言い過ぎました。


 貴方がいてくれたから、私のこの半年間はとても楽しい時間になりました。仕事で悲しいこともあったけど、貴方と会える週末が私を元気づけてくれた。貴方との最後があんなに悲しい時間になってしまったことを、本当に残念に思っています。


 つぎに、二つめ。

 私はもうすぐこの街を去ります。


 みんな優しくて、善意に満ちた不思議な街でした。外国にこんな街はありません。だから寂しいけど、もう行かなくてはなりません。


 不思議といえば孝臣たかおみ、貴方も私にとって不思議な人でした。何を考えているのかよくわからなくて、私を不安にさせます。貴方といるのは不安だけど、とても楽しい。不思議だと思いませんか。


 私の心の中には、こういう不思議な気持ちを表す言葉があります。でも、貴方の心の中の言葉とは少し違ったのかも知れませんね。


 半年間、ありがとう。どうかお元気で。



 アストリッド・エクダール




「店長、また明日掛けます!」とだけ携帯電話に怒鳴って、通話を切る。


 玄関の鍵束だけを引っ掴んで、オレは走り出した。

 次回、冒頭のプロローグの場面の続きです。

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