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冬の戯れ  作者: 有月 晃
Primer Capítulo / 第一章
2/52

1. ジンクス

2008.04.03 17:18



 彼女との出会いは、半年ほど時を遡る。


 社会人になって数年目の春。年始から続いていた繁忙期も少し落ち着き、その日は久し振りの定時退社に成功した。通い慣れたオフィスビルのエントランスを抜け、ふと違和感を覚える。


 その原因はすぐに判明した。

 外がまだ明るいのだ。


 繁忙期には連日終電で帰宅する生活だったせいだろう。近所の定食屋で軽く夕飯を済ませる。文字通りに「晩飯」ではなく「夕飯」だ。ただそれだけのことで少し浮かれている自分を認識しながら、都市部とベッドタウンを結ぶ列車に乗り込む。


 車内に射し込む黄昏色の光。街並みの遥か彼方まで伸びていく層積雲の色調をぼんやりと眺め、それが久し振りに眼にする夕焼けだと思い当たる頃、自宅の最寄り駅で電車を降りる。


 何も考えなくとも、改札までの最短距離を身体が勝手に進んでいく。小さな頃に身に付けた泳ぎ方や、自転車の乗り方などは、小脳に一連の動作をモデル化したものが格納されていて、ずっと忘れないらしい。毎日、無意識にたどっているこの通勤経路も、小脳でモデル化されているのだろうか。


――――――


 改札を抜けると、駅の規模に見合った慎ましいロータリーがある。どれくらい慎ましいかと言うと、タクシー数台、路線バス1台で許容量を超える。要するに、狭い。


 そんなロータリーで、オレの進行方向にちょっとした異物が置かれていた。海外旅行に使う、大きなスーツケースだ。銀色の金属素材が夕陽を鈍く反射していて、なかなかの造形美だと言える。


 そして、その持ち主と思しき人物は、タクシーの窓から車内に頭部を突っ込んでいる。どうやら運転手に行き先を伝えようとしているらしい。マネキンの様な身体のラインはスーツケースに劣らぬ造形美で、思わず視線を向けてしまう。外国人だろうか。


 しかし、オレは自分のジンクス(なぜか外国人に、よく道を尋ねられる。そんなにお人好しに見えるのだろうか)を思い出すと、その人物の後ろを足早に通り過ぎようとした。


 その瞬間、背後からふいに声を掛けられる。やはりと言うか、ジンクスは高い再現性を持つからジンクスなのだ。


「Hey! スミマセン!」


「スミマセン」は丁寧語で下手に出てる感じだが、呼び掛けの「Hey!」がそれを台無しにしている。残念な日本語だ。

 逡巡するが、困っているらしい外国人を無視するには、その日のオレは機嫌が良過ぎた。時間にも余裕があった。


「……なに?」


 可能な限り無愛想に、低いトーンで返事をしながら振り向く。せめてもの抵抗。しかし、振り向いている時点で、既に敗北は決定している。いや、むしろ惨敗だった。


 スッと伸びた首筋の上には小さな頭部が乗り、明るい色素の髪は少し癖っ毛なのか、肩甲骨の辺りで自由に踊っている。眩しそうに細められた瞳は夕陽を湛えて琥珀色に輝き、北欧調の青い花柄のワンピースに包まれた長身は伸びやかで、彫刻の様に無駄がない。


 そこに立っていたのは、日常に飛び込んできた非現実の存在。オレは不覚にも、言葉を奪われてしまった。

 このジンクス、いまでも高い再現性を誇ります。なぜだ…

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