2. 虎鉄、再び
2008.08.24 19:23
「不甲斐ないにも程がある」
「世界レベルでも稀に見るヘタレですね」
「もういっそのこと、こちら側へ来たらどうかしら」
なぜだろう。いつの間にかオッサン達の連携に磨きが掛かってる気がする。物凄く。
ここは、馴染みの鉄板料理の店「虎鉄」。夕方までアスティと過ごした後、なぜだか無性にマスターの焼きそばが食べたくなって、ふらりと足を運んだ。
いま、オレの正面には、カウンターの中で溜息つきながら腕組みしてるこの店のマスター。そして、左にはなぜかアスティの職場の同僚であるヴィクトル。さらに、右にはバー「delay」の店長という席配置。
つまり、いつの間にか集まってきたオッサン三人の布陣に取り囲まれて、オーラル絨毯爆撃に晒されること、かれこれ二時間という状況。
オレ自身、思い当たる節が多々あるのでろくに反論も出来ないまま、完全にコイツらの酒の肴にされるがままになっている。そろそろ釈放して欲しい。
「つまり被告は、本日もアスティと二人っきりという誰もが羨む時間を享受しながらも、友人以上の関係に踏み込むこともなく、いつも通りおめおめと逃げ帰ってきたと」
「逃げ帰ってないって、ヴィクトル。フツーに笑ってさよならしただけだよ」
「信じられない。貴方達、もう何ヶ月になると思ってるのよ。ワタシならとっくの昔にやる事やって子供作って、そろそろ別れる頃だわ」
「いや、人としてダメでしょ、それ。ってゆーか、女とできるんですか、店長」
「言い訳は聞き飽きた。介錯してやる。そこになおれ」
「いやいや、どこにあったんですか、そのやたら長い包丁。洒落になってないから、マスター」
ほろ酔いオッサン連合の追求をのらりくらりとやり過ごしながら、自分の情けなさをビールで流し込む。そうだよなぁ。でも、なんて言うか、アスティからもそんな雰囲気を感じないというか……
「ヴィクトルさん、そういえば最近あまり会ってなかったですよね。なんかここしばらく、職場が騒がしいってアスティが言ってましたけど」
「あぁ、そうですね。いま市場関係者で暇な人なんて、いないんじゃないかな。もしそんな人がいるとしたら、もう首括って柱からぶら下がってる人だけでしょ」
ヴィクトルの横顔が苦々しげに歪む。
その理由は、オレも新聞で度々目にしていた。
最近メディアは、米国のサブプライム住宅ローンの焦げ付きを発端とする、金融機関の破綻報道に紙面を割いていた。
証券化されたサブプライム住宅ローンが組み込まれた金融商品の資産価格が暴落して、それらを膨大に抱え込んでいた欧米の金融機関が耐え切れずに自壊。市場全体への信用不安から、金融危機が起こるのではないかと当局関係者は戦々恐々としているらしい。
しがない会社員でしかないオレでも、主に製造業のクライアントで資金繰りが悪化したり解散する法人があったりと、いつ終わるとも知れないこの現象に不気味さを感じていた。
ましてや、極東の支店とはいえ、欧州資本の投資銀行に籍を置くヴィクトルやアスティにとっては、投資環境の悪化はそのまま日々の仕事に直結しているのだろう。
いや、実際にはそんな生易しいレベルですらなかったのだが、とにかく当時のオレはその程度の認識しか持っていなかった。
「なにを真面目ぶって話題すりかえてんのよ。要は貴方が襲い掛かれば、すべて解決する話でしょうが」
「いや、金融危機がそんなので回避出来る訳ないでしょ。ってか、真っ昼間の街中でどーしろと!?」
「決まってるでしょ。女なんて生き物はね、抱かせろってただ一言、耳元で囁くだけでいいのよ。後はその辺の壁にでも押し付けて……」
「ちょ、ストップストップ! どんだけ獣なんですか、オレ!?」
「貴方には落胆しましたよ、臣ちゃん。実家に帰らせてもらいます」
奇妙なオッサン三人組につつき回されながら、オレの週末が終わってゆく。
しかし、こんなオレの日常なんて、すぐ先に待ち受ける破綻劇の前には、呆気なく消えゆく泡沫でしかなかった。
あれからもう8年とか経つんですねぇ。そりゃ年取るはずだわ…




