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冬の戯れ  作者: 有月 晃
Segundo Capítulo / 第二章
13/52

7. 葵蕎麦(あおいそば)

2008.04.20 12:07



 オレはいま、山葵わさびりおろしている。すりすり。


 向かいの席ではアストリッドも彼女なりに一生懸命、この日本原産の香辛料と格闘している。翡翠色の瞳は早くも涙で充血しており、敗戦濃厚だが。ここは「 葵蕎麦あおいそば」という、この街では数少ない手打ち蕎麦を出す店だ。奥の厨房から、店主がこちらを心配そうに窺っている。


 少し時間を戻そう。


――――――


 書店で平仮名・カタカナの練習帳を買い求めて上機嫌なアストリッドとオレは、その足で図書館に向かった。時刻はちょうど昼飯時。図書館近くにあるカフェで先にランチにしようかと相談していたところ、例によって彼女が「アレ、ナニ?」と指を差す。そちらに視線を向けると、道路に面したガラス窓で蕎麦を打つ店主の姿が。


 フラフラと吸い込まれる様に暖簾のれんにヘッドダイブしながら店に入っていく彼女。この店にはよく来ていたが、蕎麦打ち実演ブースにこんなにも外国人ホイホイ効果があるとは、知らなかった。「暖簾のれんはちゃんと手でまくってからくぐる」と心の中のアストリッド伝達事項メモに書き留めながら、オレも続いて店に入る。


 お品書きをひとしきり眺めた後、蕎麦初体験にも関わらず果敢に辛味大根おろし蕎麦や黒豆納豆蕎麦に挑もうとする彼女を何とか説得して、ざる蕎麦2枚の注文に落ち着いた。


「そっちのネェちゃん、山葵わさびどうするよ?」

「ネェチャン? ネェチャン、ナニ?」

「あー 山葵わさびは要らないかな」

「ワサビ、ナニ?」

山葵わさびはね、日本原産の植物。香辛料の一種かな。スパイスだよ」

「スパイス? スパイス、ダイスキ」

「よしきた! ネェチャン、自分でってみるかい?」


 間も無く供される、鮮やかな濃緑色の根菜とおろし器。アストリッドはまず山葵わさびを興味深げに摘み上げ、匂いを嗅いでから、ペロリと端の部分を舐めた。あ、ヘンな顔してる。


 ちなみに、このおろし器は店主こだわりの逸品らしい。素材が鮫皮と聞いた彼女が「Whatワァット!? Sharkシャーク skinスキン?」と興奮気味に英語で叫んだのも無理からぬ話。山葵の風味を引き出すのに鮫皮が向いてるなんて、日本人のオレでも知らなかった。


――――――


 ってことで、そろそろ山葵を擦り終えたオレと彼女の前にざる蕎麦が出てきた。添えられているのは、もちろん割り箸だ。しまった。せめてフォークとか……ないよな、蕎麦屋だし。


「えっと、これは箸っていって、二本の棒でこう食べ物を挟んで」

「ン。ダイジョブ。コレ、シッテル」


 前を見ると、器用に箸を操って蕎麦を出汁の容器へと運んでいるアストリッドがいた。え、なんで。北欧でも日本食はブームなのか? 首を捻っているオレを傍目に、蕎麦をスルスルと口へ運ぶ彼女。咀嚼しながら、なにやらコクコクと頷いている。蕎麦というより、パスタを食べている様に見えてしまうのはご愛嬌か。


山葵わさび、ドウスル?」

「あ、それね、出汁に適量を…… って、全部入れちゃったか」

「マゼル?」

「ん。そーだね。きっと辛いから出汁つけ過ぎない様に気を付けて」

「ワカッタ」


 そう言いながら、恐る恐る蕎麦をすする。モグモグしてる。大丈夫かな、と思った数秒後、彼女の表情が唐突に歪む。「ンー!」と悶えながら脚をバタバタさせ、オレが差し出した冷水のコップをゴクゴクと飲み干した。


 天を仰いだまま、オシボリで目尻を拭う。形の良い鼻孔から、透明の液体が少し垂れているのが見えた。美人台無し。


「ハナ、イタイ」

「そうだろうね。オレの出汁、まだ山葵入れてないから交換しよう」

「アリガト、タカオミ」


 涙を流しながら微笑む彼女にどう返せば良いのかわからず、オレは無言のまま割り箸をパキンッと割り、おもむろに手を伸ばす。


 刮目かつもくせよ、遥か北方の民よ。これが蕎麦屋における作法というものだ。


 蕎麦を数本挟んで、少しだけ出汁につけてからズズッとすする。蕎麦とは喉越しを楽しむもの。もちろん、山葵わさびせたりもしない。


 しばらくすると、店主の奥さんがニコニコしながら蕎麦湯を持ってきてくれた。

 たまには昼に更新してみたり。私も腹減りました。昼御飯、何にしよかな。今日は、夕方以降にもう一度更新する予定です。


 あ、今回で合計文字数が20,000字を超えました。だからなに?って話ですけど、なんかキリが良いので。


 30,000文字超えるのは第三章中盤でしょうか。当初の想定よりかなり長くなりつつあります…

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