6. ホンヤサン
2008.04.20 11:34
商店街のアーケードを、アストリッドと並んで歩く。
ゴールデンウィークも過ぎて、気温は順調に上昇傾向にある。まだ春だというのに、アーケードを抜けたところでは目を背けたくなる様な真っ白な日差しが、アスファルトを焼いている。
この日の彼女は、鮮やかなオレンジ色のタンクトップに白いパンツを合わせて、足元はサンダルというラフなスタイル。その上から長い丈のリネンシャツを羽織っていた。透明感ある水色のそれが、彼女が歩くにつれて風をはらんでフワフワ踊る。
まずはスーパーマーケットやドラッグストアを案内しようかとオレが問うと「ソレ、ヴィクトル、オシエテクレタ」とのこと。オッサン、先に言えよ。オレの組んだ予定がいきなり崩れただろーが。
さて、どうしたものかと考えてたら「コノマチデ、イチバンオオキナ、ホンヤサン、オシエテ」というとても具体的な案が出てきたので、とりあえずいまそこに向かってる。
商店街を並んで歩いていると、米屋、豆腐屋、和菓子店といった純日本的な物に強い興味を示すアストリッド。
それ以外にも、キョロキョロあたりを眺めては「アレ、ナニ?」と頻繁に質問が飛んでくるので、一つ一つに丁寧に答える。彼女は早速買い食いした団子をかじりながら、フムフム頷いている。
で、「コノマチデ、イチバンオオキナ、ホンヤサン」に着いたのだが。所詮は小さな街の書店だ。狭い店内には、新聞、雑誌、単行本、文庫にコミックが少しずつ並んでいるが、彼女が読めそうな英字新聞や洋書なんてもちろんなかった。その旨を告げるオレ。
「チガウ。ベンキョウノホン、ドコ?」
「勉強? 何の勉強?」
「モジ。ニホンゴ」
「んん? この辺かなぁ?」
どうやら、日本語の日常会話、簡単な文法と文字の読み方は赴任が決まった時に予習してきたが、文字の書き方はまだらしく、書けるようになりたいらしい。参考書コーナーで「初めての平仮名・カタカナ」的な本を手に取るとアストリッド。文字をなぞりながら何度も書き方を練習する、子供向けのテキストだ。中身をパラパラとめくって確認すると「コレ、カウ」と嬉しそうにレジに持って行った。
「さて、次はどこ行きたい?」
「トショカン!」
「え、また本ですか」
「ハイ、ワタシ、スキデス、ホン。タカオミハ?」
「いや、嫌いじゃないけど」
「ホン、ヨマナイト、ブタサンニナリマスヨー」
「なにそれ。本読んでばかりで身体動かさないと太る、じゃなくて?」
「フルイ、コトワザデス」
「んー よくわかんないな」
図書館は公園に隣接して建っている。ちょうど良いから、図書館の後は近くのカフェでランチでもして、ついでに公園の中を散歩でもしようか。そんなことを考えながら、オレは歩き出した。彼女が隣に並ぶ。
待ち合わせの時に感じていた緊張はいつの間にか薄れて、だんだん楽しくなってきてる自分がいた。
初デート、始まりです。ここまで来るのにこんなに掛かるとは、書いてる私でも思ってなかった。
あと何回かで終わって、第三章に入る予定です。