八つ夢
浅葱!
浅葱、起きなよ!
揺すられる感覚が鬱陶しく、私はんんとだるい声を漏らした。横向きのまま顔だけで見上げた。こちらを覗いている顔、大人を気取った細い縁の眼鏡、にこりともしない優等生ヅラ…若菜…
「ドラマ始まるよ。一緒に見るんでしょ」
そう呆れ顔でため息を落とす。ママー、浅葱起きたー!と遠くへ呼びかけている。私はむく、と身体を起こした。頭が重い。やっぱりあの男に、血を…?
やがてドタドタと床を鳴らしてやってきた母。お盆に乗った3つのマグカップをドン!ドン!ドン!と各位置に配置していく。
コーヒー、紅茶、ココアの3種類がむわっと複雑な匂いを立ち上げる。ドカ!と座った母がまだ熱いであろうコーヒーをずずっ、とすすり上げる。そんなガリガリの腕、全体的にも細い体型でよくここまでやかましい生活音が立てられるものだ。
「おとんは?」
「まだだよ」
「パパ、今日も残業だって」
慣れた会話を交わす中でやっと実感が沸いてきた。夕飯に好物のいなり寿司が出てきてついつい食べ過ぎて、ずっしり重くなった腹を休ませる為にソファで寝そべって…そのまま寝てしまったんだ、と。
目の前では母と若菜が数分後に控えたドラマの開始を今か今かと待っている。時折会話を交わしながら。
「ママ、見て」
ニュースの街頭インタビューが映る画面を指差して若菜が言う。
「何か凄まじいギャル?がいるんだけど、あの後ろに」
「あぁホントだ!まだいるんだねぇ、ここまでこんがり焼いた子が。ママんときの“ヤマンバ”によく似てる。あのメイク、きっと一時間じゃくだらないよ」
やけにイキイキとした母の口調を聞いてああ、と思った。未だ残り続ける趣味趣向の反映された容姿も合間ってすんなりと納得できた。この女もかつて“ヤマンバ”とやらだったのだろう、と。
きゃーっ!瞬くーん!
黄色い歓声を皮切りにドラマが開始された。映し出された今をときめくアイドル。仔犬みたいな円らな瞳、明る過ぎず暗過ぎずなサラサラの髪、優しげな声色…今はこういう男がウケるんだ、などと思ってみる。
私ならもっと目元はシャープに、少し薄いくらいの顔のパーツで、いや、目は印象的な方がいいかな。ぐっと奥まって陰が落ちてる…でもシャープなラインは譲れない。
背はすらっと高くてちょっと威圧的で、背中から足元までなだらかな逆三角形で、でも指は細い方が…
そこまで思い描いてはっ、と我に返った。
「って、それアイツじゃん!!」
脳内でにんまりとドヤ顔を決めるナルシストヴァンパイア。
は?
何が?
訝しげな顔で振り返った母と妹もそっちのけで私は自らの不覚な思い描きを悔やんでいた。