七つ夢
ーー私を覚まさせたのは頬を撫でる冷えた風、それから漂う花の香り。そのまま天を仰いだ。
抜けるような青空が見下ろす、花園。真ん中にぽつんと不自然に置かれた椅子に私は座っていた。そのときふと感じた、後ろからの気配に振り返った。
ーーどうだ、美しいだろーー
見覚えのある姿と声がやってくる。うっとり陶酔したような顔、細い指先に薔薇の花まで従えて。絵に描いたようなナルシストを前に私は顔をしかめた。そいつに言った。
返せよ、私の血。
すぐ傍まで歩み寄ってきたその男が、は?と漏らす。しらばっくれているのか本当にわかっていないのか、しれっと涼しい顔で言ってのける。
ーー何のことだ?アンタの血なんて盗んでどうするーー
馬鹿にするみたいな薄い笑みと冷ややかな眼差しで見下ろしてくる。美女ならまだしもこんなガキ…とでも言いたいのか。
さっき意識が遠くなったんだよ。
アンタのせいだろ?
その男に言う。相変わらず知らない、と返してくる。妙な押し問答が続いていた、そのときひらりと何かが視界の中に舞ってきた。私の反応より先にその男が手に取った。
驚いたように見開かれていく、目。その視線の先、男の手が持つ一枚の紙。何か…見覚えのある大きさだ。
ぷっ…
ふと男の方から吹き出す音がした。くっくっと肩を震わせるそいつがやがて私を見て、更に持っていたそれを私の目前へ突き付けた。ぶっ!と男より激しく私が吹き出す番だった。
ーー何コレ、俺を描いてんの?ーー
プルプルと震えている罫線入りの紙。そこに描かれている覚えのある、絵。何故これがここに!?と目を疑った。私の顔の中心から全体へ、カーッと熱が広がっていく。
私は立ち上がった。勢いに倒れた椅子をまたいでそちらに手を伸ばした。
返せよっ!!
細い指に摘ままれヒラヒラ踊っているそれをひったくろうにも高くて届かない。こいつ、意外と背が高い。わかっているであろうにヴァンパイアの男は意地悪気に腕を高く上げて逃れる。嫌だね、と彼は言う。
ーーだって…ーー
そいつは続けた。私は動きを止めた。
ーーアンタはこれを捨てちまった。だからこれは俺が貰うーー
見下ろす目の色にまた凍り付く寒気が訪れた。冷たい目、何処か軽蔑の混じったような…
一方的に何処かへ立ち去ろうとするそいつの背中へ待てよ、と叫んだ。意味がわからない。何でそんな目で見られなければならないんだ、と何だか無性に悔しく思って追いかけた。
遠くなっていく背中に乗った白い顔が一度、こちらを振り返った。遠目からでもわかる、すっかり涼しげな表情に戻った彼が言った。
ーーアンタが素直になるその日まで、こいつはおあずけだーー
ーー飾らない姿で、自分の道を行くまではーー
彼が手にしていたものであろう、一輪の薔薇の花が風に乗って飛んできた。ぱさ、と足元に落ちたそれを拾い上げた私はまた前方を睨んだ。
飾ってんのはアンタだろうが!
ナルシストのくせに!!
叫んだはずの声がけぶるように消えかかる。花の香りがむせ返るくらいに濃さを増した。あまりの濃さにくら、と頭の奥が揺らいだ。