六つ夢
いくらか冷えた空気と窓の外の暗さに気が付いた。リビングのテーブルの上、私はむくりと半身を起こした。
テーブルに散乱したままの教科書やノート、それからシャーペン、消しゴムのカス…ああ、一応勉強しようとしていたんだな、と思い出す。
もう一つ思い出したことがあった。ノートを一番後ろのページを一つ破って、さっき目にしたばかりのあの姿を象ろうとシャーペンを走らせていく。そのとき低く唸る音を感じた。思わず、げ、と顔をしかめた。
この音なら聞き慣れている。そしてこの音を放つその人もまた慣れている。毎日の車庫入れ、パートからの帰宅。あっという間に済ませて私の迎えも待たずにガチャと鍵を開けて入ってくる。ドカドカとガサツな足音を連れて。
ただいまー、と言いながら私のすぐ側を通り抜けていっぱいに詰まったスーパーの袋を置きにダイニングへ向かう。その先であーっ!と大音量が上がった。ガサツな足音はすぐにこちらに向かって間髪入れずに言った。
「浅葱!アンタまた皿洗いしてないのかよ!着替えたら速攻やっとけって言ってるだろ!」
ガサツな振る舞いにも劣らないガサツな口調。そこに奇しくもDNAを感じてしまう。いや、単に長年の共同生活で影響を受けただけ、未来の姿までこんなであるとはさすがに認めたくない。
年甲斐もなく変わらないケバい化粧、一つに結った明るい色のパサパサの髪、鋭い目つき、への字に曲がった唇…正直に言おう、私の母親だ。
「しかも勉強してんのかと思ったら何だよコレ、アンタV系好きだったっけ?」
「ちょっと、勝手に見んなよ!」
大半が勉強の類のもので埋め尽くされたテーブルから目ざとく落書きの一枚を見つけてしげしげと眺める。私は乱暴にそれをひったくって手の中で丸める。
あーあー、もったいない。
勝手に見ておきながら今更のようにぼやいている。そこそこの完成度だと認めてはいるようだ。
「何でいつもここに居座ってんだよ、浅葱。中一んとき勉強部屋なら与えてやったろ?」
「だって寒いんだもん」
「またそんなこと言って…」
本当は寂しいくせに、などと言いながら頭をぐしゃぐしゃに掻き回してくる。うざい。
「それに一人部屋じゃないじゃん、若菜いるし」
テーブルの上を片付けながら私は不満を口にする。
「言い訳してないで少しは若菜を見習えよ」
踵を返してダイニングに向かうケバい女が背中で返す。相変わらずの一方的な口調で言う。
「あたし飯作るから、アンタ風呂洗ってきてよ。今日瞬君のドラマなんだからさぁ」
いい歳して20歳のアイドルなんかが好きらしい。趣味趣向というのはそう簡単に変わらないものなのか、はたまたこの女の若作りの才が衰えないだけか。
そんなことを思いながら私は重い腰を上げた。若菜ーっ!階段の下から上へ呼びかける。
姉妹の勉強部屋を我が物顔で占領、生徒会なんかに入って学年トップの優等生ヅラを気取っている、生意気な年子の妹はとりあえず巻き添い決定だった。