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Hypersomnia〜幻想と現実の旅人〜  作者: 七瀬渚
★君のいる世界★
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七つ夢


ーー朝を呼ぶ、か。



目の前の光景を前にふと思い出した響き。あの場では口にできなかったけれどいい名前だよなって、思いながら。



藍から薄紫へ、そして登りくる光の白がじんわりとオレンジを滲ませる。それは静かに満ち引きを繰り返す水面にもこぼれ落ちて色とりどりの紙吹雪を散らしたように揺らぐ。


海。朝焼けのもとの海。かつて描いてきたどんな景色よりもこのコラボレーションが私は一番好きだと実感を覚えてくる。




一時はどうなることかと思ったよ。




波打ち際、海に向かって体育座りをしている私は苦笑混じりに呟やいた。隣で同じようにしている彼らの視線が集まった。



ーー納得なんて…してないよ?ーー



憮然とした表情のサキが言うとレオがむ、と彼の方を睨む。



ーーそれはこっちの台詞だ、根暗軟弱ーー



ーー黙れ、単細胞ーー



鋭い目つきで睨み合う二人の片手は共に同じものを掴んでいる。私ははぁ、と呆れを示すため息を落としてやる。




いい加減にしなよアンタら。ルナが困ってるじゃん。




そう叱ってやる。少しばつが悪そうにうつむいた二人のヴァンパイア。その間で両側から手を握られているルナがためらいがちに口を開いた。



ーーこうして見ると本当に似ているでしょう?二人ともーー



私に向けられた問いかけにそっくりな二人はすぐさま、なっ!と声を上げて反応を示した。頬を染め、口々に主張しだす。



ーーオイ、誰がこんな根暗と…!ーー



ーーそうです、こんな野蛮な男と一緒にしないで頂きたい!ーー



ぷっ…私はついに吹き出した。二人の鋭い視線がまたこちらに向いたが構わず続けた。必死の否定も残念ながら見事にシンクロしているよ、気付いてないのかコイツら、と思うと抑えることなんてできなくて。



ふふっ…何とも愛らしいルナの笑みが続いた。両側から挟まれ、がっちりと手を握られ、ずっと困り顔でいる彼女だが、それは今何処か嬉しそうなものにさえ見える。少し空気が和らいだ気がしたところで私はまた話し出す。



まぁ何はともあれ、一つのケジメがついたんだろ?



共にふくれっ面なレオとサキに向けて。



ーーまぁ…それは…ーー



ーーひとまず、だけどね…ーー



ボソボソと短い返事が返ってきた。また一つ、確かとなった実感に鼻から安堵の息が漏れた。それからまた前を見る。すっかり日が登り切った白く眩しい、空。




ーーアサギ…ーー




しばらく後、私の名を呼んだのはレオの声だった。ん、と振り向いた私は硬直した。顎を突き上げニヤニヤと見下ろすような顔…これは嫌な予感がするぞ、と。



ーーアンタも見つけられたんだろ?ーー


な、何が?



ーーこういう存在をだよーー



ふふん、と鼻を鳴らした彼が自身のそういう存在の肩をぐい、と引き寄せる。気付いたサキも負けじと寄り添ってうん、と頷く。…うん、じゃない。


今度は多分、私の顔が紅潮してしまっている。自覚はあったけれど示す答えは他にないような気がした。誤魔化すなんて無駄、何たってここは…



観念した私はついに首を動かした。縦に、彼らにちゃんと、見えるように。




ーーよく頑張りましたね。偉いですよ、アサギーー


ーーあなたは自らと向き合ってちゃんと答えを導き出した…それは私たちの希望ですーー




姫…いや、神か、と思うような優しい言葉をくれたのはルナ。慈しむ母のような目で見てくれている彼女を前に私の胸はじん、と染みるような痛みを覚えた。次にかぶりを振った。私は返した。




…ううん、私は、助けてもらってばかりだった。



私一人じゃきっと、何もできなかった。




ーーそう、気が付いたらいつも時は進んでいたんだ。先へ先へ、私を置いて、身の回りの環境も関係も風潮も、みんな。


もがくばかりの私はそれこそあのときみたいに、たった一人で真空の宇宙に取り残されたみたいだった。それ程あっちの世界から遠ざかってしまったのかって錯覚さえ覚えていた。


引っ張り上げてくれたのは、アイツだ。ううん、アイツだけじゃない。


私の知らない間に動いてくれてた、支えてくれてた、みんな…なんだよ。




ーー誰でもそうではないですか?ーー



また、私に届いた優しい声。それは不思議そうな響きを孕んでいた。顔を上げた私の向こうに首を傾げたルナ。彼女は言う。



ーーひとりで何でもできる人などおられるのですか?ーー


ーー私は…見たことがないのですが…?ーー



戸惑っている様子の彼女の表情に我に返らされてしまった。ふと蘇ってくる、あっちの言葉。





すみません、こんなことまでしてくれて…



あのファミレス。彼が席を外している間、緊張から逃れるみたいにこうべを垂れた。そのとき言ったのだ、あの人は。




いいえ、あの子を支えてくれたお礼です。そう聞いています。


嘘がつけない子だから、あの子は。



さすが母親、よくわかってる。ん〜、でも私でも気付いたことだからな。ずっと共に暮らしていてわからないはずもないか、とちょっと可笑しくなって笑った。


でも、でもさ…






…ねぇ、私一体何処で支えたの?ただ傍に居ただけ、ただ笑い合ったり言い合いしたり、一緒に帰ったりしてただけ。何も返せてない、でしょ?


聞いてみたいけどそれもちょっと怖い。いや、むしろ答えならずっと前に受け取っているんだろうけど、それを更に噛み砕いて説明されたりなんかしたら、私はきっと…いたたまれない。



ーーそうだぞ、アサギ。俺らだって姫に支えられているーー


ーー僕、だってーー



気が付いたらこちらを見ていたレオとサキ。改めて隣の三人を見てみて気が付いた。今、この場に居る者はみんな同じくらいの年頃に見える、私も含めて。やっと、やっと、追い付いたのかなって。




空を輝く面に変えていく、朝日。始まりの空。


予感があった。新たな始まりと共に何か終わろうとしているって。




旅立ちはもう、目の前だって。



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