五つ夢
ーーうっすらと開いた瞼の隙間から入り込む光にまた目をつぶった。そしてまた慣らすようにゆっくり開いていく。眩い白に埋め尽くされた…これは天井だろうか?
身体を起こしてみると硬い感触に支えられていること、そして柔らかなものに覆われていることに気付く。視線の先、遠い場所におびただしい量の瓶で埋め尽くされたガラス戸の棚が見える。こんな光景を何処かで見たことがある。
理科室…いや、それにしてはやけに広くクリーンな空間…
病院…?
ーー気が付いたか?ーー
突如見下ろしてきた顔と声に私はうわっ!と声を上げた。青白い顔、鋭い目つき、明らかに人間離れしたヴァンパイアのような見知らぬ男だった。かろうじて感じ取れるのは、おそらく20歳前後くらいだろうということくらい。
だ、誰…?
私が恐る恐る問いかけると、その見知らぬヴァンパイアはふっ、とため息のような笑みを漏らして額から髪を掻き上げる。いやに鼻につくナルシスティックな表情で彼は言う。
ーー勇敢なる獅子の御霊を継ぐ者…とでも言っておこうかーー
何?コイツ、馬鹿なの?
白々と冷めていく感覚と共に彼を見る。あっちで中二の私が言うのも何だがこいつは間違いなく中二だ。その一方で妙にしっくりくるものを感じてもいた。むしろ似合ってさえいる、と。
手元が疼き出す。あっちに行ったら忘れないうちに描き止めておこう、そんなことを考え始めていたとき、ふと電流が走るみたいに瞬間的に思い出した。ドクドクと速い調子で内側が脈打った。私は彼へ言った。
あの子は?
あの妖精の子は、どうしたんだよ?
ーーああ…ーー
私の問いかけにやっと我に返った様子の彼が返す。
ーー安心しろ、ちゃんと保護しているよーー
余裕を感じさせる笑みを落としてくる。私はほっと息を漏らした。しかしそれも束の間だった。
……!?
突然、ぐっと迫った彼の顔の近さに息を飲んだ。血の気のない顔を傾け、獣のような目を見開き、覗き込んでくる。
ーー姫が連れ去られるところ、見たよな?アンターー
そう尋ねる彼はしまいにその細い指先を私の顎に当てがって上へと向ける。ゾク、と背筋が凍った。だって…震える声で私は返した。
だって、しょうがなかったんだよ!
私には何も出来なかった。
たった一人で向かって行ったって、かなう訳ないじゃんか!
男は言葉もなくただ黙ってこちらを見ていた。変わらない目、変わらない顔色、それが更に恐怖心を高ぶらせていく。
まさか…こいつも、敵?
ごく、と喉を鳴らしたとき、視界が薄暗く霞み始めた。ヤバイ、そう思った。
こいつはきっとヴァンパイア…
血、吸われる…
きっとあれだ
あっちで田辺にあんな嘘ついたから、バチが当たったんだ。
今度こそマジで、貧血に…
いや、血抜きに…!
薄れゆく意識の中で今更のように、後悔した。